第421話
おぉ……寂れた漁村でもあるのかと思いきや、普通の港街だな。
荷物の上げ下ろしをする乗組員に、この場で商談でも纏めているのか商人っぽい格好の奴、更にはその場で食べれると謳い文句を掲げた弁当売りまでいるじゃないか。
この中で育ったと言うのなら……なるほど。
大声での呼び掛けも仕方ないと思える程の喧騒だった。
船はマストに帆を広げることなく、風に逆らって進んでいる。
そこそこの速度が出ていることからも、何か不思議な力が働いていることに間違いはないだろう。
逆に止まるために帆を広げて風を受けているくらいなのだから、もしかすると帆は予備の推進力程度に考えられているのかもしれない。
俺が流れ着いたという島は、もはや水平線の彼方である。
それだけの速さで来たというのなら、小舟なんかは追い付けないと思うのだが……。
どういうわけかこちらもちゃんと着いて来ていた。
そんな速さで来たわけないだろ? と問い掛けたくなる程にのんびりとした速さで、ガンテツさんがオールを漕いで他の大きな船と当たらないようなルートを通っている。
幾つもある桟橋は、何処も渋滞でも起こしているかのように、ひっきりなしに船が出入りしているのだが……。
何故かスカスカの桟橋の一つにこの船は停まった。
恐らくは、お役人専用とかそういう類いの物なのだろう。
現に小舟で来た漁師の爺孫は、小舟の荷揚げをしている停留所の一つに縄を掛けている。
「おい。何のんびりこいてんだ? さっさと降りろ」
物珍しげに行き交う船を見ていたら、後ろから恋する男ことセージとかいう役人が声を掛けてきた。
意地の悪いことに船は停まっているのだが、渡し板のような物は掛けられていない。
そういう文化が無いわけじゃないのは他の船を見ても分かる。
チラリと振り返れば鼻でも鳴るんじゃないかという程に鼻の穴を膨らましているセージ。
……仕方ない。
少し不安な桟橋までの溝を、軽快なジャンプで飛び越えた。
…………おやぁ?
なんか体の調子がいいぞ? いや筋肉痛っちゃ筋肉痛なんだけど……。
なんというか…………いや調子がいいとしか言えないな?
なんだろう? 数多の激戦を乗り越えて、俺の身体能力も上がったとかそんな感じかな?
そもそも新しい体は若さに溢れているからか、特に運動に困るようなこともなかった。
おかしいのは異世界での闘争である。
やはり魔法なんてあるからか、普通に人間辞めてるような動きをする奴もチラホラ……。
銃弾も避けられるような動きは勿論、そもそも当たっても耐えれそうな化け物ですらよく見掛けるというのだから……。
異世界がどれだけ危ないか分かるだろう。
もしくは俺のエンカウントに呪いが掛かっているかのどちらかだねぇ……。
某推理漫画に出てくる似非眼鏡の殺人事件遭遇率レベルで変な人に遭うんだ。
やっぱり世界が異なるってのが大きい。
「じゃあな! なるべく無理はするんじゃねえぞ? 限界だと感じたらいつでも役所に出向いて来い! いつでも受け入れてやるからな!」
自分の体の成長を染み染みと喜んでいたら、背中に水を差すような声を掛けられた。
励ましてるようで励ましてないね?
むしろ蹴落としてるね?
しかし形式を重んじる社畜としては頭を下げないわけにもいかず、
「なー」
「うわビックリした?!」
下げている視界に映り込まんと横から顔を入れてきたパーズに、驚きから体がビクリと震えた。
気配の消し方が半端じゃねえ……これが癖になってるというやつか。
「爺ちゃんはなー、買い物なんだー。だからオレ達はなー、『売り』に行くぞー」
「……念の為、何を売るかを伺っても?」
身売り的なことじゃないよね?
ビクビクする借金男に、気にすることもないパーズが……小舟の近くを指差した。
指されている先にあるのは――――木箱だ。
「魚とか貝とかだー。美味いぞ?」
「……もしかして勧められてます?」
だから金が無いんだって。
近付いて蓋の無い木箱の中身を覗いて見れば、獲りたてだと分かる魚や貝が入っていた。
未だ生きていることを示すように跳ねる魚や、海水を滴らせている貝は、どう見ても産地直送の海産物である。
SAN値直葬の俺に持たせていいのかどうかが問題だな……。
ともあれやっと役立てそうな仕事だ。
肉体強化でいいかな?
練り上げた魔力を魔法へと換える。
……なんか魔力の通りもいい感じがするな?
スムーズに発動した肉体強化二倍の魔法は、魔法発動時の僅かな間を抑えられているように感じた。
これも修羅場を越えた経験というやつなのだろうか?
そもそも修羅場に当たらないという人生を求めちゃダメですか?
走馬灯のように流れる今生に涙しながら木箱を持ち上げると――意外なほど近くにいたパーズが俺を見上げていた。
「うわビックリした?!」
「なー。美味いぞー?」
まだ商品のお勧めしてたんかい?!
そして距離感よ。
知り合いっぽいどっかの役人が落ちるのも仕方ないと思える近さである。
ガンテツさんが額に手を当てて溜め息を吐き出していた。
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