第420話


「――――で? とっつあん達が嘘つくとは思えねえけどよ。形式上は訊いとくな? 本当に溺れたのか?」


「たぶん」


「たぶんだあ? ハッキリしねえやろだな? ローブ一枚で海溝の傍をウロウロと泳いでたってか? どうしようもねえ自殺志願者だぜ」


 どうも『本島』とやらに行くらしく、船に乗せらている。


 大きい方のやつだ。


 漁師の祖父と孫娘は、己の小舟に乗り込んで着いて来ている。


 既に『救命料未払い』とやらに登録されている俺は、金が無いのなら働くか国に売られるかの選択肢しかないらしく……。


 念の為、本当に溺れたのか、もしくは助けられたのかの調書を取られている。


 まあ無理やり拉致されて「溺れてたから助けた」なんて意識が無いうちに言われていたとしたら堪ったもんじゃないからだろう。


 どちらかが嘘をついていたとしても判断する方法でもあるのか、それとも調査となるのかは分からないが、言い分が一致している俺と漁師の爺孫には関係ない話だ。


 魔力が底をついて気を失ったこと。


 気付けば砂浜に横たわっていたこと。


 全身が濡れていたことや体が動かなかったことなど、当時の諸々の状況を踏まえて話している。


 遺跡については言っていないけどね……。


 他国とあらばそれも仕方のないことだろう。


 遺跡の発掘は各国でのステータスに繋がるみたいなことを小生意気なプリンセスが言っていたので。


 まさか一兵卒が漏らすわけにもいかないだろうからなぁ……。


 ただでさえ厄介なポニテと王族のゴタゴタまでついてくるというのに。


 なので俺は沖に出て、地元の人でも泳がない海域で溺れたバカということになっている。


 なんでもあの辺りの海には『海溝』があるらしく、無謀な挑戦者が奥底に眠る船をサルベージしようと考えることが度々あるんだとか。


 宝を積んだ沈没船とかだろうか? 中々にロマンがあるなぁ。


 まさかの異世界要素だよ……沈没船に眠る宝とかそれこそファンタジーだろう。


 ここで安易に『そこのお宝ゲットして自由の身だぜ!』とは考えないけど。


 『海溝』ってことは、船は深海である筈だ。


 未だ人類が到達し得ない領域に足を踏み入れて、『なーに、大丈夫さ』なんてまさか考えられるわけがない。


 つうか普通に恐怖だし。


 前人未踏だという山の上で見た巨大な瞳を思えば尚更だろう。


 コツコツ行こう、コツコツ。


 なんでか分からんが命が助かったわけだしな。


 焦る必要はない。


 …………しかしなんだな? この男、俺には態度が違う感じだな?


 船の縁に顔を出してガンテツさんと遣り取りしていたギルド職員――――セージとか呼ばれていた男が調書を取っている。


 船には他に五人程の職員が乗っているが、どいつもこいつも海の男といった風体だ。


 袖は肩まで捲くりあげてるし、なんなら頭にバンダナを巻いている奴までいる。


 …………海賊だと言われても頷けそうなのが玉に瑕だろうか?


 だからこそ言葉の荒さは仕方ないと思うのだが……こいつに至っては、漁師の爺孫の目が無くなったところで態度まで荒くなった。


 他の職員の人はそれが楽しくて仕方ないとニヤニヤしている。


 ……なんだろう? 陰湿な新人イジメとかあるんだろうか? そっちの耐性は無いから勘弁して欲しいのだが……。


 今のところは『枠』に収まっているといった言動だ。


 そろそろ聞かれることも無くなったと思うのだが……、トントンと机を指で叩きながら解放してくれる様子のないセージ職員。


 繰り返しの問答と、チクリとした嫌味を加えた会話がループ。


 せめてカツ丼でも出してくれないかな……若さが糧を求めて鳴ってるよ。


 ようやくと言った変化が見えたのは、他の職員さんが声を掛けたからだ。


「セージ、もう着くぞ?」


 そりゃありがたい。


「わあってるよ! ……テメーの立場としては、住み込みの下働き……いや奴隷だ! 奴隷に近いと思えよ! わかってんのか?」


 いや分かってるよ……つまりあれでしょ? 借金奴隷的な……。


 無報酬、タダ働きの雑用とでも考えればいいんでしょう?


 イマイチ何を言ってるか分からないセージが、顔を歪めながらも言い募る。


「だから……万一も無いとは思うが、パーズに手ぇ出したりするんじゃねえぞ? 目は無え。変な勘違いもするな? 少しでもおかしな真似しやがったら直ぐにしょっ引けんだからな?」


 …………あー。


 チラリと他の職員を見れば、クイッと肩を上げて目で合図してくる。


「なんだ……横恋慕か」


「ああ?!」


 イキリ立つ思春期を見て船内が笑いに包まれる。


 なるほどねー……同僚の恋路を楽しんでたのか。


 日に焼けた肌を僅かに赤く染めながら……恋する男が精一杯の恫喝をしてくる。


「笑うんじゃねえ! いいか? マジで変な勘違いするんじゃねえぞ? あいつは変に優しいところがあるがな、それは誰に対してもそうなんだ。テメーを助けたのだって仕事だ。他じゃどうか知らねえが、ここじゃ溺れる奴を助けるなんて普通ザラだからよ? 奴隷だぞ? わかってんな? 主人に手ぇ出そうもんなら――テメーなんて刻んで魚の餌にしてやるからな? オメーら、笑うんじゃねえって言ってんだろ?!」


 いや俺は笑ってないけども。


 騒がしい笑いに包まれた漁師ギルドの船が、本島とやらに着いた。


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