第419話


「お前、泳げないんだなー」


「いや言ったじゃないですか? 泳げないんじゃなくて、泳がなかったんです。下が裸なんですから……」


 捕まるやろ?


 いや捕まっているけども。


「裸……ダメかー?」


「良い悪いはともかくとしてダメですねー」


 人として。


「オレなー」


「オレぇ?! あ、ごめんなさい」


「なー? 変なー」


 いやそれは語弊がありますよって……。


 ちょっと驚いたけども。


 前世も今生も合わせて、一人称が『オレ』呼びの女の子にあったことなんてなかったもんだから。


 海岸線を水着の女の子と二人で歩いている。


 女の子――パーズと呼ばれていた少女は、いつの間にか持っていた網に貝などの海産物を詰め込んでいた。


 恐らくは海岸線に置いていたんだろう。


 白い髪の毛から、日に照らされて光っている雫がポタリポタリと落ちている。


 泳いでいる姿といい、今の何に気にした風でもなく歩く雰囲気といい――


 少女には海が似合っていた。


 それだけに思うのだ。


 もしかしなくても……潜るのって仕事だったのかなぁ、ってね。


 暫くすると海から出てきた少女の持つ網には、貝であろう海産物に溢れていた。


 そういえば漁師だと聞いていたので、これも漁だと言われれば頷かざるを得ない。


 斯くして役立たずだった男は言い訳と、濡れた状態で着るわけにもいかなくなった少女の脱ぎ散らかした服を持って追従するだけの存在と成り果てている。


 いやぁ? 俺、役に立つ……よ?


 たぶん。


 現在進行系で見限られている途中かもしれないと思えばこそ不安も生まれる。


 大丈夫かな? 「やっぱりいらね」って言われないかな?


 ビクビクしながらパーズの隣りを歩いているのだが……またこの少女がターニャとは違った意味でポーカーフェイスなのだ。


 今どういう感情を抱いてるのか分かりにくい。


 一人称に驚くなんて失礼を噛ましてしまったので、怒っていたとしても……いたとしても…………いや、わかんねえな? これ。


 ポケー、とした表情のパーズが、虚空を見つめながら口を開く。


「オレなー、泳ぐのが好きなー」


「なるほど」


 ふんふん……。


「…………」


 あれ?! 終わり?!


 『つまり天職なんですね? 俺も転職を望んでいます』とでも続ければ良かったのか?


 会話をブツ斬りに無言で歩くパーズ。


 こういう時の正解をコミュ強なら持ってるんだろうか?


 わかんねえよ、女子との会話。


 むしろ分かんないのは不思議ちゃんの対応である。


 どう対応したものかと悩んでいる俺に、フイッと視線を向けてきたパーズは微笑を浮かべて言ってくる。


「なー?」


「いや分からん」


 思わず正直な感想と正直な反応が表に出てしまった。


 同意を求められて咄嗟に出てきたのは否定の首振りと『ちゃうちゃう』という手振りだった。


「そっかー」


「あ……いや、今のは違くてですね?」


 敬語も下手な態度も吹っ飛ぶ不思議っぷりである。


 お陰さまで雇用(命)の瀬戸際だよ。


 しかも俺がモタモタとしているうちに、どうやら目的の場所には着いてしまったようで……。


 岩場へと変わる海岸線から、視界の先に二隻の船が停まっているのが見えた。


 恐らくだがパーズはこの船を目指して歩いていたと思われる。


 何も言われてないけどね。


 泳ぐのが好きと宣言しているのに、わざわざ歩いて案内してくれた所が……まさか仕事に関係していないとは思えない。


 少女が手にする腰網も、そう思わせる要因の一つだった。


 船は二隻。


 一つは、マストが一本あるだけの小舟で……見覚えのある強面漁師の姿が垣間見えた。


 これも恐らくは俺を拾ってくれたという時に乗っていた船じゃなかろうか?


 それともう一隻なのだが……。


 明らかに資産力に違いが見える船舶が一つ。


 ちょっと大きめのクルーザーサイズとでも言えばいいのか……同じくマストは一本だが、比べるにも愚かしい程の違いがある。


 その大きなお船の縁から顔を出した誰かが、こちらを見つけて叫ぶように話し掛けてきた。


「よお! パーズ! 人、拾ったってなあ? 儲かったじゃねえか! 漁師ギルド預け売りでいいか?」


 おいいいい?! ちょっと待て!


 ここまで何のアピールもしてこなかった不安男をさらに蹴落とすようなこと言うんじゃねえよ?!


 地元の男なのは声量のデカさからも間違いないだろう。


 歩いていた時はともかく、海に潜っている最中なんかはパーズと呼ばれる少女も声を張っていたので、それはこの地域の特色なのかもしれない。


 割と距離があったりすると波の音で掻き消される声を思えば、海岸地域で生活する人に根付いた風習だと理解出来る。


 まあ単純に距離があるから大声なのかもしれないけど。


 対する不思議ちゃんにドキドキとしながらも何か言わなくてはと焦る。


 このままでは売られてしまう?! どうにか、どうにかしなくては――


 しかしこちらが反応する前に、小舟でスタンバっていたガンテツさんの方から怒声が上がった。


「うるせえぞセージ! 税金分、うちで働かせるって言うたろうが! とっとと本島に帰りやがれ、半人前浅瀬潜りが!」


「ああ?! そりゃねえだろ、とっつあん! もう成人して三年だぜ?! わざわざ時間割いてまでこうして来てやったのに! それがギルド職員にする態度かね!」


「へっ! なーにがだ! それがテメーらの仕事じゃねえか! いいからさっさと手続き済ませやがれ、ボンクラ職員!」


「口の減らねえ爺だな?! おいパーズ! 悪いこたぁ言わねえから『売り』にしとけよ! 税は今年の区分だぞ? あと七ヶ月近くも残ってんのにそんなのの面倒見てたら余計に金が掛かんだろ! 期待してんならお門違いもいいとこだぜ? そんなモヤシが税金分も稼げるわけねえさ! どうせ年末に引き取りになるんなら早い方がいいやな! 酒代貰ってよお、今夜は呑みに行かねえか? 成人の祝いも兼ねてやるからよお!」


 いや充分悪いこと言ってるんだが?


 しかし売り言葉に買い言葉というやつなのか、内容の割にはガンテツさんもギルド職員だと言う男も悪い表情はしていない。


 荒くれの挨拶とでも思えば頷けるような遣り取りだった。


 まあ知り合いなんだろうな…………っておい?! やめてくれよ! そんな適当な感じで『売り』を勧めるのは?!


 豪快に笑い合う海の男達を見て、パーズも同じ人種だと言わんばかりの笑顔を浮かべて言った。


「こいつなー、もうオレのなんだー! まずは泳ぎから覚えて貰うー!」


「ああ?! 泳げねえの引き取ってどうすんだよ!」


 …………いや泳げるって。


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