第418話
「まあ三つ言うたところでな、素直に金を払わなかった場合の選択権は拾った奴にあらぁな」
「……あれ? ガンテツさんが拾ってくれたのでは?」
「実際にゃ助けたんも見つけたんもパーズや。おいパーズ、どうする? 面倒なら役所に引っ張ってけや。そんで酒代だけ貰うてこい」
なんちゅうこと言うんやこのヤクザ爺?! 人柄が見た目に出まくってんな!
頭の下げ損じゃないか!
そこで我関せずと海を眺めていた当事者の人に視線をズラしてみたのだが…………。
まあ……我関せずと海を見てるよねぇ……。
これに俺の生殺与奪が握られてんのかぁ……。
「いや、あの……」
「おい、パーズ! 聞いとんのか?! パーズ!」
話し掛けた俺も、なんなら怒鳴っているガンテツとかいうヤクザな漁師も無視して、ぼんやりと海を眺めている日焼け肌。
「聞いてるー」
いや絶対に聞いてなかっただろ?
声は返ってきているのだが、そっぽは向いたままである。
これにはお爺さんも溜め息混じりの怒気を吐き出している。
すると……ようやくとばかりにアクションを見せた。
徐ろに立ち上がってはこちらを見て言ってくる。
「じゃ、行こうー」
「何処にですか?」
「売りにー」
あ、全然聞いてて、全然聞いてないね。
「いや! ちょっと待ってちょっと待って! 短慮はよくない! ちょっと俺とお話をしよう! 絶対に損はさせないから!」
困る困る、前科は困る!
既に逃げる前提で考えている己が怖いわ!
俺の! 目標は! 地元でスローライフ! なの?!
決して異世界逃亡生活じゃなく!
「そっかー。じゃあ…………行くかー?」
「意外と慈悲も無いね?! ちょっとか? まさか今の間が『ちょっと』とか言う気か? いや待て待て待て待て! か、稼ぐ! なんなら本来の受け取り金額の倍は稼ぐから!」
「おおー。じゃ、いいぞー」
いいんかい?!
どこかフラフラした物言いの孫娘に、祖父だと言っているそのスジっぽい人を見て言う。
「これ、どういう教育されてるんですか?」
クレーマーである。
「それなぁ……ほんと、どうしてこんな風に育っちまったのか……」
同意しちゃったよ。
首を傾げるガンテツさんに、話は終わりとばかりに再び海を見つめるパーズ。
それで結局どうしたらいいのか分からない俺を残したまま、寄せては返す波の音だけが響き続けていた。
いや、終わってないが?
知らん顔で何処かに行ったガンテツさんに、ビーチに置き去りにされて二人。
何をするともなくただ海を眺め続けている。
そろそろお昼頃だろうか?
すっかりと昇ってしまった太陽に砂浜の温度は上昇するばかりである。
…………これは新手の拷問なのかな?
そんな疑いを抱いてしまうほど、ずっとボケ~っとしている。
し続けている。
干涸らびるわ。
「あの…………これ、何をしてるんでしょうか?」
名目上が何になるのかは分からないけれど、一応は雇用主だと思っての応対だ。
昨今は年下のお姫様の小間使いなんかもこなしていたわけだから、上司の年齢が幾ばくか上がったというのなら精神的にも楽……な筈だと思ってる。
まあ見た目的には近い世代だろう。
海を一途に見つめていた青い瞳が、話し掛けられたことでこちらへと向く。
「海を見てるなー」
なるほどなー。
「それなんて拷問……じゃなかった。暑くはないんですか?」
「なー。暑いなー」
おい。
……ダメだ、これは遠回しに殺され掛けている可能性すら見えてきた! ガンテツさーん! すいません! 見た目怖いのがいなくなってちょっと楽とか思って! 何考えてんのか分かんなくて怖い奴の方が恐ろしいです! お願いだから帰ってきてぇ?!
そんな俺の心の声が届いたのかどうか……再び徐ろに立ち上がる雇用主。
なんか行動が突飛じゃない、この娘?
ビクッとなる俺なんてお構い無しに……今度は突然、服を脱ぎ始めた。
「え? ちょっ……」
いいんですか?
じゃない!
金なら払わんぞ!
でもない!
本当に何して……。
決して不純な気持ちがあるわけじゃないのだが、仕方なく視界に納められる着替えのシーン。
突然だったから……不可抗力ってやつで……。
しかしながらティーシャツとパンツの下には水着を備えていた日焼け娘。
チッ。
小麦色が眩しい肌に黒の競泳用の水着のような物を着けている。
しかしこれはこれで……なんて見つめていた俺の視線に脱ぎ終わった水着娘の視線が重なる。
「ごめんなさい」
「ちょっと冷やそー。なー?」
何をかな? あ、頭をかな?
用は済んだとばかりに視線を切ったパーズがトコトコと海の方へと歩いていく。
するとジャンプ一番、海の中へと飛び込んだ。
慣れているであろうことは、その跳ね切る姿と潜る様子からも窺えた。
……なんかのんびりした娘だなぁ、なんて思っていたけれど、予想に反して運動能力は高いようだ。
ほぼほぼ水しぶきを立てない飛び込みは、確かプロでも難しい技だった気がする
チャポ、と水音を立てて頭だけ水面から出したパーズが言う。
「泳がないのかー?」
…………ああ、冷やすってそういう……。
まあぶっちゃけ黒ローブに砂浜とか地獄だから、泳いでいいんなら泳ぐことに抵抗は――――
しかし、ふとローブを脱ごうとして気が付いた。
ようやく思い出した。
…………そういえば、ローブの下は真っ裸だったよなぁ――なんて。
チラリと海を見れば年頃の女の子。
どう考えても訴訟は免れない案件である。
海っていうのは、どうにも非情に出来ているらしい……。
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