第416話
「お前なー? 顔がなー? 見えないよなー?」
「……」
「服もなー、脱がせられなくてなー? こりゃ死体だと思ったんだー」
そりゃローブの能力だね。
そういえばフードを被ったままだったと思い出す。
こうしている限り、この服は本人以外に脱がせることが出来ないという能力を発揮する。
いらねー……その能力がなんの役に立つというのか?
現在進行系で役に立ってるね。
顔を覗き込んではグイグイとフードを引っ張る日焼け女に、ローブさんが全力で抵抗している。
それ普通に髪の毛も引っ張ってるからね? ハゲるからね?
「動けない相手になんてことするんだ」
「お前、動けないのかー」
うん……正確には痛くて動きたくないんだけど。
もはや慣れつつある現状確認を行う。
俺ぐらいの異世界漂流者になると、目を開けたら知らない環境だったなんてザラなので。
もう驚くこともないよ。
肌を触る風に照り付ける太陽。
パッと見た感じは屋外で間違いないようだ。
背中に触れる感覚からしても地面にも違いないと思うのだが……何故か妙に柔らかく感じる。
そして……デカい話し声に掻き消されていたのだが、耳を澄ますと聞こえてくる『ザザー』という音……。
どこか聞き覚えがある。
懐かしきブラウン管テレビにあったノイズ音ではないようだ。
じゃあ何の音なのか。
音もそうなのだが……風の方も慣れ親しんだものとはまた違うベタつきのようなものがあって……心当たりにはしかし首を振りたくて仕方ない。
まさか……そんな筈ないさ。
……ふう、やれやれ。
チラリと流し見たのは、「取れないなー?」としつこくもフードを引っ張る日焼け娘である。
なんというか…………ね?
揃いつつある証拠と俺の中の
「ぐぎぎぎぎぎッ!」
「おー、動けたなー?」
体を無理やり起こすと……パラパラと体に纏わり付いていた砂が零れ落ちた。
寝かされていた地面は砂地であったようだ。
寝そべって俺の顔を覗き込んでいた日焼け女が、パチパチと何処か的外れな拍手を返す。
寄せては返しているような音に振り返れば――――やはりというか何というか…………。
見渡す限りのオーシャンビューってやつだった。
……こういうのは、ちゃんと休暇の申請を出して、明日の仕事の心配をしなくていいタイミングで、心の底から楽しめる時だけで頼むよ……。
マジで。
たとえ地の底にある川を流れたとしても海は無いでしょ?
海まで来たは無いでしょ?
「え…………ここ、どこ?」
結局、同じ台詞を吐くことになるのだ。
首を後ろに向けたままだから寝違えを無理に戻した時のように痛い。
体が痛い。
心も痛い。
脳裏を過ぎるのは、エルフの住む森で目を覚ました後のあれやこれやである。
また帰るのに面倒な事態が……。
一度だけうちの領を記した地図を見たことがあるのだが……近くに海の『う』の字も見掛けなかった。
…………マジで何処まで来たんだろう?
そもそもどうやって来たんだろう?
「ここなー、海なー」
ぼんやりと海を眺めている俺に、日焼け女が当たり前の解答をくれる。
「いや見りゃ分かるけども?!」
「そっかー」
おおぅ……なんか捉えどころの無い女だな?
年齢は……見たところは同じぐらい。
つまりギリギリ成人っぽい見た目だ。
白いティーシャツと黒いハーフパンツを着て、何故か俺と同じ方向……つまり海を眺めている。
セミロングにした髪は白髪なのだが、
青い目は透き通っていて、如何にもな小麦色の肌によく似合っていた。
白いティーシャツを着ているせいか……下が少し透けているのだが、中に何か着込んでいるのか素肌が透けるような事態には至っていない。
小癪かな?
チラリ、チラリと視線を飛ばしているのは『この娘、誰なのかな?』と気になっているからであって、決して不純な理由ではない。
ただ『もう少しで……!』とは思わなくもない。
何がとは言わないけど。
幾度目かの往復で、いつの間にかこっちを見ていた日焼け女の視線とぶつかった。
「あ、全然違うんです、ごめんなさい」
「お前なー、あの辺りで拾ったー」
ふう……どうやら訴訟関連の追求じゃなかったようだ。
彼女が指差す方向は…………どこからどう見ても海を指していて、俺が海を漂っていたということに間違いはなさそうであった。
…………うん?
拾った?
「あ、もしかして、助けてくれたのかな?」
「そうなー、そうとも言うなー」
そう言って頷く日焼け女は……よく見ると髪も肌も少し湿っている。
もしかしなくてもライフをセーバーされたのかもしれない。
それでなくとも意識は無かったのだし、溺れるどころか沈んでいたとしてもおかしくはなかった。
「……そうなのか。そりゃ、ありがとう」
「なー?」
いや何が? 「なー?」は分からんよ?
「おう! あんまり気にすんじゃねえや! こっちも商売だからよ!」
…………うん? なんか随分と低い声が……。
まさか今のおどろおどろしい声を、目の前にいる可憐な少女が出しているとは思わず……。
砂地を蹴りながら近付いてくる足音に、もう一人いるのだと理解した。
声の枯れ具合からして年上のようだ。
痛む体を動かすより先にお礼が口を衝いて出た。
「あ、どうも。助けて頂いた…………」
「おう! なに、気にすんなって言ってんだろ? そんな言葉をいくら貰ったところで一銅棒にもなりゃしねえからよ! ガハハハハ!」
振り向いた先には――――
二メートルぐらいの背丈がある……どこかの組長さんみたいな浅黒い肌の老人が歩み寄ってくるのが見えた。
肩に引っ提げている縄は何に使うのだろう……。
手に持っている銛の刃先は、赤く滴る液体で汚れていた。
……きっと魚だよ。
茶髪を短く刈り込んで、歳経た風貌なのに歴戦の傭兵も斯くやと言わんばかりの筋肉に、雄々しく遺る傷跡を付けて、矍鑠とした足取りで、砂を蹴とばしながらやって来る。
何の職に着いてるのかな? って訊かれたら。
その筋でしょうね、って答えてしまいそう。
俺の目の前までやって来た強面の老人は、わざわざ膝を曲げてまで視線の高さを合わせてくれる。
その細い目の奥にある青い瞳は、隣りに座る女の子とは似ても似つかないような青だった。
強いて言うなら深い海の底の色ですよ……。
老人が笑顔で話し掛けてくる。
「――――おう、兄ちゃん。いくら持ってる?」
あ、知ってるぞ。
美人局ってやつだろ?
俺は詳しいんだ。
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