第九章 危機回海
第415話
ああ…………またこの夢か。
誰かが俺を上から眺めている。
判然としない誰かだ。
暗い――海の底のような闇の中に横たわる俺を、傍に立って上から見下ろしている。
ここは俺だけの場所の筈だ。
俺の空間、俺の持ち物、俺の領域――
俺以外存在しない場所。
そこに誰かがいる。
それを……何故か俺は許容出来た。
変だな? 人見知りはしないほうだが、一人を好む筈なのに……。
色々あったからなぁ…………俺も少しばかり変わったのかもしれない。
「だいぶ変わったよ。半分受け持った」
見下ろす誰かが言った。
その人影を、俺は上手く認識出来ない。
そこに立っていることも、そこに存在していることも、なんなら見られていることも――――分かるというのに。
判然としない。
顔や格好……姿形すらも曖昧に思える。
それは…………危ないだろ?
でもまるで警戒心が湧いてこないのだ。
前もこんなことがあったなぁ――何故か今になって思い出せた。
その判然としない誰かの半身…………いや右腕だけか?
右腕がデコボコしているのだけ、ハッキリと分かった。
声を出された瞬間に、ハッキリとした。
ハッキリとしないのは、俺の方だ。
着古した部屋着に首を傾げる。
…………あれ? この格好って合ってるっけ?
今が通勤中なのか休日なのか分からない。
そもそも今日が
分かっているのは、休みたい……休むべきだという体の訴えだけだった。
眠りたいなぁ……。
「そんなの、いつものことだろ?」
そうだっけ? ……いや、そうだな。
「疲れた後からが本番なんだろ? そこからが社畜の本領発揮だろ?」
執拗に煽ってくる誰かに、しかし頷けないこともないなと納得出来る俺がいた。
なんか言いそうだしなー……………………誰が?
疑問も、理由も、記憶すらも曖昧で……――でもそれでいいと思える場所だった。
ここは居心地がいい。
「そろそろ行けよ。あんまり……長居するもんじゃねえよ」
そうなのか? そうなんだ……。
そう言われたからというわけじゃないと思うんだけど、気付けば体が浮き上がっていた。
上下左右も酷く曖昧で、そもそも浮き上がっていると言うには対象物も無いのだが……。
唯一と言っていい、その誰かの体を基準とすることで、俺の体は徐々に浮き上がっていると思えた。
ちゃんとした指針があるのはいい――――また上を目指せるのだから。
浮き上がっている途中で、その誰かの変化した右腕を目の前にした。
デコボコと表現した腕は、文字通りデコボコしていて、腕に岩でも生えているような有り様だった。
それでいて一部は溶け出しているように酷く醜い。
…………ごめんな?
「気にするな。でも、そう何度も受け持てない。全部も無理だ」
なんで謝ったのかも理解出来なかった。
でもそうした方がいいように思ったのだ。
ふと指差されたことで、ようやく俺の右腕も似たようなことになっていると気付いた。
誰かの右腕を醜いと思ったばかりなのに、何故か自分の方のはなんとも思えなかった。
『――無理するな』
既に見下ろしていた誰かが見上げるまでになったところで、響いていた声すらも酷く曖昧になった。
それに俺は返事を――――
…………。
……また知らない太陽だよ。
目を焼かれることを気にしなければ二つあるなぁと分かる太陽が、俺の常識と掛け離れた太陽とは違うものだと教えてくれる。
もしかして異世界に来てから度々空を見上げるのは太陽を確認したいからなのかもしれない。
そんなわけないな……。
恐る恐ると体を動かした。
痛え。
なにこれなにこれナニコレ? めちゃくちゃな筋肉痛でもここまではなくない?
目尻に涙を浮かべる俺の視界に、小麦色に焼けた見知らぬ誰かの顔がカットイン。
どうやら精霊ベイビーじゃないことを考えるに、ここは
そりゃ助かる。
「爺ちゃーーーん! 目、覚ましたぞー? どざえもんじゃなかったー! しぶてえなー?」
ちょっと不穏じゃない?
独特のイントネーションは方言のようにも聞こえる。
セミロング程の白髪で、透き通るような青い瞳の誰かだった。
直ぐに見えなくなったので、早々に顔を引いたのだろう。
追い掛けようと首を動かして激痛。
大人しく太陽に目を焼かれ続けた。
おーけー、落ち着こう、超痛い。
今の女……女? 男? 女っぽい顔だったけど見えたの顔だけだったからハッキリとしなかったけど、たぶん女。
その女が話す内容からして、どうやらここは軍のキャンプではない模様。
ふふん、これでも頭脳派の脳筋を自負しているからな? こういう細かい情報の取得で状況を推察するのが――――待てぇ?
どざえもん、って言ったか?
それは……日本語で言うところの『土左衛門』だよな?
『
言葉自体は知っていたのだが普段使いするには余りにも遠い単語なので忘れていた言葉だ。
え? 俺、流されちゃった? もしかして、どんぶらこ?
考えられるのは峡谷の下の下まで落ちたのではないかということ。
確か南の方に行けば繋がっている場所があるという話だったから……。
もしかして南の方まで来ちゃった系か?
疑問で頭の中が満ちる頭脳派の前に、またも先程の小麦色肌がカットイン。
近いというのにデカい声を出す。
「おい、生きてるかー?」
「死んでるように見えるのか?」
なら死んでるよ、ほっといて。
こちらからの返事に気を良くした小麦肌が、元気さの溢れる笑顔を浮かべて言った。
「よーし! 今日からお前はオレのだからなー! わかったかー?」
マジで碌なことがないな異世界。
ちょっとはご褒美くれてもいいんだよ?
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