第414話
「あイテ」
着地に失敗して尻もちをつく。
言葉面よりも強い痛みが体を走ったのだが……。
何故か遠い出来事であるかのように気にならなかった。
「暗いな……」
ポツリと呟いて光魔法を使う。
明かりを付けた部屋のように、目の前にあった建造物が光で浮かび上がる。
……見たことある螺旋階段だな。
ふと周りを見渡せば、幾通りかある通路……。
その一つにも見覚えがあった。
どうやらあの洞窟の地下まで戻ってきたらしい。
ほぼスタート地点である。
よく似た場所であると言うのなら、もうお手上げだが……。
「…………そんなわけないよな」
ぼんやりとした声に、今度は返ってくる言葉がない。
耳元でがなり立てる娘を置いてきてしまったからだ。
「あ、そういえば『上まで』って約束だったな……」
……揚げ足を取られないといいんだけど。
魔力を見通す目が、そんなに時間が無いということを告げている。
螺旋階段を含め――――施設全体から凄まじい魔力が滲み出していた。
半径百キロの爆発というのも、あながち嘘ではないのかもしれない。
…………頭悪いんじゃねえの? 転生者は。
こちらの世界で言う『訪い人』ってやつが全て転生してきた人物だとは思わないが……。
ここを作ったのは間違いなく日本人だろう。
自爆って……。
それが元いた世界の文化であると思われないといいんだけど……。
…………名前、聞けなかったな。
魔女もそうなのだが、ここの奴もそうだった。
奴等は名前を隠している節がある。
名前と言っても、ここでの名前じゃない。
前世での……日本での自分の名前だ。
魔女もここの奴も……自分が住んでいた環境や時代背景がバレるのには注意していないどころか、むしろ知って欲しいぐらいの気配を感じたのに……。
自分の名前だけは残していない。
それが意図的になのか無意識になのかは分からない。
しかしこれだけ自分という存在の痕跡を主張しているのに……名前を残さない、自分が誰であったかを残さない――ということがあるのだろうか?
分からない……結局、俺には何も分からないのだ。
ただ、ここの転生者が嘘をついていないとしたら……転生する時に、誰もが神様と約束を交わしたということになる。
そして約束の内容だが…………実は語られていない。
あの転生者は『望みが叶う』的なことを言っていたのだが、それがどんなものなのかは終始言わずじまいだった。
自分の『望み』とやらも教えてはくれなかった。
やっぱり神様だから、どんな願いでも叶えてくれるとかなんだろうか?
その代わりと言ってはなんなのだが、渡される『魂蔵』を溜めなければならないという。
なんとも胡散臭い話だ……。
引っ掛かるのなんてスマホを持ち始めたばかりの思春期ぐらいなんじゃないか?
「おっと……悩んでいる時間は無いな」
目に見える発光を始めた遺跡から、どうやら考えているよりも時間が少ないことを知った。
魔力の残りは、あと六割である。
穴を通過する前と後で、一割の違いがあるのは…………そういうことだ。
これがもし姫様やあのローツインなら、魔力のセーフティーラインを易々と越えていただろう。
「生きて帰す気無えじゃねえか……」
近道まで嘘だったら、あの世で文句を吐き出すしかなくなってたな。
「さてと……」
五つに分かれた洞窟の穴は、それぞれが扉がある場所へと繋がっている筈だ。
その内の二つは既に開いている。
あの探索に意味が無いということもなかったようで……姫様の提案には感謝だな。
恐らく、穴に入ることを拒んでいたら間に合わなかっただろう。
しかしそれは――――ハズレを引いたとて同じこと。
遺跡が放つ光が徐々に強くなっていく。
見たことあるな……と思い出すのは、異世界に居るというのに見掛けたロボットが原因だろう。
まさか威力まで同じだとしたら堪らない。
半径百キロも控えめな被害となってしまう。
光が強くなる速さからして、往復する時間は無さそうである。
――――何より扉の一つ一つに、あの鎧甲冑のような罠があるとしたらどうしようもない。
「三分の一か……」
ここは五分の一じゃなくて良かったと思うべきか……あの時、全部見て回れば良かったと嘆くべきか。
なんか…………変な気分だな?
妙にフワフワしているというか……現実感が無いというか。
以前、死を覚悟したときは……こうじゃなかった気がする。
あの時と今とじゃ状況から何から違うのだから、それも仕方ないと言われれば仕方ないのかもしれないが……。
「俺も慣れたってことかねぇ」
…………ハッ、なんじゃそりゃ? 慣れたくないっつーの。
自分の無様を鼻で笑い飛ばすように、両強化魔法を三倍で使用する。
湧き上がる力は――――ここに来て、イマイチ頼りない感じがするというのだから、俺も重症のようだ。
充分化け物クラスの反則技だというのに……。
やはり両強化の四倍を使った反動だろうか? よく覚えてないけど。
感じる痛みが和らいだことで立ち上がれるようになった体で立ち上がり、開けていない扉に繋がっているであろう洞窟の穴を見つめた。
三択。
「こんなもん勘だ」
迷う素振りもなく一つを選んで駆け出した。
普通に歩いていたら何時間も掛かる道のりを、強化魔法の力に物を言わせて駆け抜ける。
どう考えても生かして帰す気は無えな。
解除出来る魔力を持った奴があの穴を通り抜ければ――――ごっそりと魔力を抜かれ。
答えを知らなければ迷うような…………上層とは雰囲気の違う天然の洞窟に放り出され。
万が一『扉』に辿り着けたとしても、そこは余力と時間を削られることを余儀なくされる罠が敷かれ……。
あの穴に入らなかったとしても、正規のルートでここまで来るのは……恐らくだが脱出するよりも時間が掛かった筈である。
何よりあの膨大な本が立ち並ぶ『図書館』で、床と見間違うばかりの隠し通路の入口を見つけられるかどうか……。
最初から逃がす気は無いのだ。
もしくは……そこまでしなければ対応出来ない相手を想定しているのだろう。
姫様達の方もかなり厳しいと思う。
だからテッドとアンには他の奴なんて気にせずに、真っ直ぐ地上を目指して貰いたいものだが……。
変に人が良いからな、あいつら。
突き当たり――――左右に伸びる洞窟の中で、ひっそりとその扉はあった。
ドアノブの付いた、金属製であるということを除けば至って普通に見える扉。
洞窟故に違和感しかない扉だ。
まるで見つけてくれとばかりに岩壁に設えられている。
…………そろそろ丸一日が経ったかな?
長い一日だ。
まさかこんなことになるなんて……昨日の朝の時点では思いもしなかった一日である。
考えていた行軍と随分違ったが、危険という意味では間違いがなかった。
その方向性はともかく。
なに、大丈夫さ、あとは魔力を流すだけ、その最深部とやらに行き着けば、この長い今日という日が、終わるのだ。
三分の一……三分の一を引くだけでいい。
ここの転生者も、文字通り裏口から入られていたとは思わないだろう。
本来なら五択という選択肢を三択にまで減らせているのだから……流れはこちらにある。
そうでも思わないとやってられない。
全く……。
ドアノブを捻って、半端なく重い扉を押し開けた。
この重さも……よくよく考えれば開けられるつもりがないんだろうなぁ。
押し開けた扉の先には…………何処かで見たことあるような螺旋階段が続いていた。
この先に待つのが行き止まりだとしたら……そう考えただけで、この遺跡を作った転生者を殺したくなるよ。
現に一つは似たような『ハズレ』に思い当たるというのだから大概だろう。
跳ねるように駆け下りた。
遺跡全体の発光が強まって来ている。
もう本当にあと僅かなのだろう。
グルグルグルグルと、いつまでも続きそうな螺旋階段を自由落下するような速度で降りていく。
終わりは唐突に訪れた。
急に視界が開けたと思ったら――――
一階層を丸々と使った巨大な魔法陣が見えた。
階段は途中で終わり、投げ出されるように魔法陣へと落下していく。
割と高い所から落ちたと思うのだが、魔法陣の全景は見えなかった。
ここがあいつの言う『特定の場所』というやつだろうか?
考えている時間は無かった。
遺跡が僅かに熱を持ち出したからだ。
体勢を整えて足から着地した。
例に漏れず、ここの床も頑丈な素材のようで罅の一つも入らなかった。
この魔法陣を破壊するのは無理らしい。
もし出来たとしても……それがどんな不具合を起こすか分からないのだから、やれないが……。
「さーて……」
両手を地面に着けて、莫大な魔力を練り上げる。
遠慮は無しだ。
セーフティーラインギリギリである一割の魔力を流し込んだ。
どのみち、ここが違ったら戻る時間はないのだ。
頼むぞ……!
膨れ上がる紫のオーロラが両手を介して地面へと流れていく。
それは地面に絵の具をぶち撒けたように広がって行き――――ある一定の範囲でピタリと止まった。
「……………………は?」
いや……感覚的には分かっている。
しかし心情が『話が違うじゃないか?!』と訴えてやまないのだ。
足りない――――
魔力の量が、圧倒的に足りていない。
現に再び魔力を少しばかり流すと……紫はその支配領域を広げていく。
クラっと頭が揺れたのはセーフティーラインを切った魔力のせいか、血圧を上げる転生者の存在故か……。
今の一割で、全体の五分の一ぐらいを塗れたと思う。
「……あのクソ黒髪がぁ…………性根が髪色に出てんだよ、何処出身だあ? マジでぇ……」
ヒクヒクと引き攣りを見せるコメカミを押さえて――――深呼吸を一つ。
大丈夫…………目算じゃ、一割は残る。
残れば――――生き残れる。
帰れる……いや、帰る。
一度目を瞑って、これから来るであろう痛みや苦しさに耐えるべく精神を集中させた。
「――――ぁぁぁあああああああああああああ!!!」
発奮するべく叫び声を上げながら、勢いよく魔力を放った。
決壊するダムのように魔力が放出されていく。
鼻と目から血が散った。
ついでに目の奥に火花も散った。
コメカミに痛みを感じた次の瞬間には血管が弾けていた。
せわしなく動く心臓が、まるで壊れる寸前のポンプのように罅割れる。
――――まだ三割だ。
いつかのドゥブル爺さんの言葉が蘇る。
『完全な消失は、その者の終わりを告げる――』
堪らえようのない頭が爆発せんばかりの頭痛と、内臓を混ぜ繰り替えされるような気持ち悪さ――
一瞬を一分にも一時間にも感じた。
ジリジリと削られていくのは魔力ばかりではなく、体力……そして生命力ですら――――
早く、早く……!
願うにも魔力の放出速度が上がっているようには思えず、あっという間に侵食していく地面の紫色も遅々とした蟻の歩みのようだった。
あと一……ッ!
噛み締めた奥歯が砕けた。
今は痛みすら気付けになる。
次の瞬間には飛んでいってしまいそうになる意識を、痛みに集中することで乱した。
破れた筈の鼓膜に、ガラガラという音が響く――――
目の前に大きな石が落ちてきた。
そうだ――――ここだけ普通の洞窟だった。
熱を持った遺跡のエネルギーに耐えられなくなったのか、上の階が崩落を見せている。
…………なるほどな。
限界を迎えつつある体で、何処か冷静な思考がこのカラクリに納得を示していた。
これだけの魔力が必要なのだ……爆発を止められるのは、やはり転生者だけなのだろう。
逃げれば爆発の餌食、逃げずとも崩落の餌食。
所々に真実を混ぜているのがまた質が悪い。
そして崩落してくる岩塊よりも、魔法陣が施された床は頑丈なのだ。
もはや解除せずに逃げることも適わない。
ガクン――――と、体の底から栓が抜けたかのように力が入らなくなった。
ワンフロアをぶち抜いた魔法陣は、今や紫色に輝いている。
魔力の流入が止まった。
この…………押しても入っていかない感じは、回復魔法の威力が上がらない時の感覚に似ている。
ゴゴゴゴと不吉な音を立てる洞窟は、既に崩れる寸前だ。
ボトボトと落ちて来た石ころは、もはや岩塊と呼べるレベルにまでなった。
「あとは……逃げる、だけ…………」
――――なのになぁ……。
もう我慢しなくていいとなったからか――
酷い目眩が命じるままに、体が横倒しに倒れていた。
ピクリとも動かない。
「……………………あーあ」
見上げる先にあった天井の穴…………螺旋階段のある穴が、岩塊に潰され塞がった。
どういう魔法陣だったのか――
遺跡の方は収まりを見せたというのに、今度は魔法陣の方が仰々しい発光を見せ始める。
…………助かる、かなぁ?
痛みと気持ち悪さと――――それでも生きたいと願う生き意地の悪さに押され、意識だけは保っていた。
やがて発光は全てを塗りつぶさんばかりに達し――――
光る闇へと落ちていった。
――――――――第八章 完
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