第413話


「――――妾がこう」


 あーあ……。


 こちらを一瞥もしない姫様は、もしかしたら最初からそんな気がしていたのかもしれない。


 離れた距離がそのまま、俺と姫様の身分の違いを表していた。


 白服が騒ぎ立て、幻が目を閉じた。


 この瞬間にも機を窺うように目を走らせるローツインから、しかしテッドとアンが視線を外さない。


 よっぽど酷い目にあったのかなぁ……。


 それともこれが『冒険者』としての自覚というやつなのだろうか?


 俺には分からない。


「静かにせよ、耳に響くではないか?」


「認められません! それだけは認められませんぞ、姫殿下!」


「ではどうすると言うのじゃ? 解除に必要な魔力を持つのは三人……言うまでもなく、魔力の総量が多い、上からの三人であろ? まず間違いがないのが妾じゃ。知り得る者こそ少ないが、妾の魔力量は一流と呼ばれる魔法使いの十倍の量を誇るそうじゃ。いま居る騎士の中で、同量の魔力量を持つ者はいまい。そして認めたくはないが……三人の内の一人に、賊も入っておる。。間違いなかろう。まさか敵に運命を委ねるわけにも行くまい?」


 姫様の言葉に白服達がざわつく。


「か、確認したとは……?」


「聞くでない。王家の秘事である」


 適当に煙に巻く姫様だったが、白服達の衝撃は大きいのか、ざわつきが止むことはない。


「…………ならば、ならばあと一人、必要な魔力量に達している者がいる筈でしょう。姫殿下、どうぞその者に……」


「残念ながら分からぬ」


「……姫殿下。我々騎士は、常に命を捨てる覚悟を決めております。優しさは侮辱となりますぞ」


「本当じゃ。妾も万能ではない」


「…………姫殿下」


 問答は終わりだとばかりに、姫様が穴へと向かって一歩を進める。


 当然だが、白服に道を阻まれた。


「――――ラグウォルク王家が第四王女として命じる」


 凛として揺るがない姫様の声と視線に押されるように――――白服達は自然と頭を垂れ、道を開けた。


 ……辞令みたいなもんかねぇ?


 そう思えば逆らえないのも分からなくはない。



 ――――しかしながら下請けも下請けの平社員には、それがどれだけの威光を冠するのもかも分からない。



 体全体が『休んどけ』と言っているのに歩を進めた。


 『まだイケる』が社畜の合言葉なのだ。


「……え? あ、おい……レン」


 視線を幻くんとローツインから外さなかったテッドの声が追い掛けてくる。


 穴の前で、薄汚れたドレスの――しかし美しいと思わせる高貴な方へと対面する。


 未だ視線が合うことはない。


 ただ声だけが届く。


「退くがよい、痴れ者め。妾はラグウォルク王国――」


「――俺との約束ってどうなります?」


 圧し潰そうとしてくる言葉を遮って、手で円マークを拵えた。


 残念ながら騎士じゃないんだよ。


「…………俗物であったか。最初から最後まで不敬な奴じゃ」


 ああ、良かった……どうやらこっちの世界でも、お金のジェスチャーは通じるようだ。


 なるべく円滑に進むようにと、社会で培った営業スマイルを浮かべて姫様へと話し掛ける。


 顔の筋肉もバキバキだったので引き攣った笑いしか浮かばなかったけど……。


「タダ働きはちょっと……。これでも元企業戦士なもんで」


 俺の渾身の愛想笑いも、目を合わせない姫様には効果がないようで……。


 しかし俺が退かぬと伝わったのか、姫様は細い溜め息を吐き出して言う。


「……わかった。手配しよう。妾がいなくとも話を着けるられるように――――」


 姫様の視線が脇に逸れる。


 ――――人生とは選択の連続である。


 しかしながら社会に出ると…………いや道を選ぼうとする時から、それは訪れる。


 幾つもあると、人は言う。


 自分で決めるのだと、他人事に。


 選択肢が一つしかない分岐も、あるというのに。


 確かに他の選択肢も存在はするのだろう。


 何処に行くのか自分の意志で決めるのだろう。


 でも――――どうしようもなく選ばされる。


 こともあるのだ。


 そして誰もが往々にして叫ぶ。


 『なんで俺ばっかり?!』ってな。


 ああ、最高じゃねえか。


 それだけお前が主役を張れているってことだ。


 俺だけが俺の人生の主役かって?


 文句を言わせてくれよ。


 バカ野郎。


 他に居ねえからやってるだけだ。


 ――――まるで『やめろ!』とばかりに動かない体を無視して、一歩後ろに後退あとずさる。


 いち早く気付いたのは白服の一人に魔法薬の手配をする姫様だった。


 ようやく見たな?


 驚いた表情の姫様に、とびきりの笑顔で言ってやる。


「約束、守れよ。今日のことは『全部無かったこと』だからな?」


「待――ッ!」


 伸ばされる手から逃げるように――――更に一歩、後退る。


 僅かな浮遊感の到来と同じくして、別の誰かが穴へと入らないように、魔力の仕切りが立ち昇る。


 リーゼンロッテが放つ光の壁みたいだな……。


 姫様が叫ぶ。


「お主のそれはッ! ――決して自己犠牲などではない!」


 それが命の恩人に対する最後の台詞かね?


「……知ってるよ」


 誰にも届かない囁きを残して、俺は深くて暗い穴の底へと落ちていった。


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