第412話


 この幻くんも、まさか遺跡を逆算のうえ攻略されているとは夢にも思うまい。


 正規のルートなんてスッ飛ばしてゴール地点からの逆走が、ここに来てまさかのネタバレである。


 それだけにこの穴がショートカットだという話も、ややもすると現実味を増した気がする。


 だって遠いし……。


 普通に攻略するのなら随分と時間が掛かりそうなものである。


 特に図書館の床に空いていた穴なんて見つけるのが不可能に近い。


 …………まあ『普通なら』だけど。


「なるほどのう……。一人……その『魂蔵』持ちとやらを、より深くまで連れて行きたいようじゃな?」


『御明察』


 続く姫様と幻くんの会話から、この『罠』の全貌を朧げながらに理解した。


 恐らくだが……ここの爆発とやらは逃げられない規模なのだろう。


 転生者が持ち得る『チート』を使ったとしても。


 遺跡全体に魔力が流れているのは知っていた。


 それが……もしやジャミングのように働いて移動や通信を困難にしているとしたらどうだろう?


 よくあるダンジョン脱出的な魔法が使えないとしたら……まあ、そんなのが有るのかどうかも知らないんだけど。


 残る脱出手段が『走る』というパワープレイに限定されたとして……。


 それに成功し得るのは、俺のような規格外強化された奴だけなのでは?


 『枠を越えた奴』云々というのは……要するに、『めちゃくちゃ速く走れる奴』とかなのではないだろうか?


 確証は無いけど……だとするとこの穴も『間に合うと思うんなら行ってみれば?』という挑発のようにも思える。


 …………異世界に来て自重をしてないような奴は行っちゃいそうだなぁ。


 黒々とした穴は、うっかりで入ったら二度と出られないような不穏さを発していた。


 どうやら決めなくてはいけないらしい。


 伸るか反るか。


 誰か一人に入って貰って、そいつに爆発の解除を託すか……あるいは全員で戻って遺跡を脱出するか。


 どちらにせよ時間との勝負になりそうだ。


 それだけに『近道』は魅力的に思えた。


 そしてこいつの――――『殺意の高さ』もしっかりと窺えた。


 『俺はお前らを信用してない』……か。


 あそこだけ日本語だったよなぁ……。


 時間稼ぎの意味も、今になり判明だ。


 呑気に話を聞いていたら、それこそ解除が間に合わないだろう。


「姫殿下」


「姫殿下!」


 決断を求めるように、既に武器を手にした白服達が姫様を見る。


 それは『ローツインを殺っちゃっていいかな?』ってやつなのか……それとも『誰にしますか?』ってやつなのか。


 姫様の表情は――――透き通るように美しく、また誰よりも真剣だった。


 一考しているのか、姫様は口を開かない。


 その隙を突くように――テッドが警戒を緩めないまま、ボソリと話し掛けてきた。


「戻るって……さっきまでいた場所に戻るのかな? あの回復する場所に?」


 いや知らないけど。


 体がバキバキの俺が答える。


「……たぶん」


「リーゼンロッテ様も一緒かな? アンの話じゃ倒れたって聞いたけど。……俺、戻ったら直ぐにリーゼンロッテ様を助けに行くよ。アン、案内してくれ」


「うん。他にも倒れてる騎士様達がいるから……ボーマン様にも、お姫様が無事だって教えてあげたいし」


 誰だよボーマン様って……。


 こんな状況で、そんな知らない奴らに関わっている暇は無いだろうに。


 止めるべきか逃げるべきか。


 こちとらハムなんちゃらではないのだが?


 俺が迷い始めるのと同じくして、姫様が口を開く。


「最初に言うておったな? 可能なのは『三人』と」


 …………なんの話だろう? 言ってたっけ? そんなこと。


 幻は――――微笑むだけで答えない。


 姫様の眼から、紫の光が消える。


「恐らくじゃが、解除に要する魔力の量というのが多量なのであろう? 一人では賄えぬ程に……。それを可能とするのが――」


 ――三人、と。


 つまり……魔力の総量で順位付けした場合の、上から三つ。


 それは――――俺にとって一目瞭然の三人。


 一人目は当然……体がバキバキのあいつである。


 ぶっちゃけ断トツで魔力が多い。


 幼少の頃から増やしに増やした魔力は、もはや同じぐらいの総量がある人を見たことがないというレベル。


 実はローブの下が裸っぽい変態さん……で間違いないだろう。


 …………嫌だなぁ。


 二人目は、己の魔力量を分かっているのかいないのか微妙なあの人だ。


 魔法の使用が全く無かったことを考えるに、己の潜在魔力量を理解していない可能性もある。


 その割に、消費魔力を懸念したのか眼からの光を消した人物。


 この中で、最も相応しくない一人だろう。


 どちらかを選べと言われたら……。


 正直、どちらも選びたくはない。


 ……。


 すると必然的に、最後の一人に行って貰うことになるのだが……。


 姫様の視線が、その最後の一人を貫く。


 どこぞでのか、体から魔力を溢れさせているもう一人――


「あー……いや〜、そんな目で見られても困るっす〜」


 どこか間延びして聞こえる後輩口調のクソ女が、理解している風に答えた。


 三人…………ね。


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