第410話


『あの約束の中核、俺達に持たされる『魂蔵』……『これが満たされることで願いが叶う』、だったかな? 俺の時は……』


 幻くんが言う、神との約束で…………ふと思い当たることがあった。


 それは自身に対してのことじゃない。


 俺じゃなく……俺以外の転生者っぽい人物と言えば、俺は一人しか知らない。


 その人が住んでいたとされる地下に…………よく分からない物があったことを思い出していた。


 幻くんが――またも自嘲するように笑う。


『ハッ、確かにな。別に『お前の』なんて言ってねえもんな。お陰で…………いや違うな。そもそも自分が死んだことを認められないから、こうなった――……なんて言ったところで、お前は聞く耳持たねえんだろうけどさ』


 そもそもしてないねん……『神様との約束』。


 異世界に落ちてから神様にツッコミを入れることは数あれど、その『魂蔵』とか約束とか……こちらとしては何処吹く風。


 もしや担当者が違ったのでは? なんて思える始末。


『どれぐらい集まった? ここに来てるってことは全て集まったわけじゃないんだろ? あと少し……ならわざわざこんな所まで来てないか……ハハハ。自分で訊いといてあれなんだけど、ヒデェ話』


 …………何が、だろう。


 なんて――――ちょっと嘘をつく。


 予想がついていた……いや、予感だろうか。


 先程から『奪う奪われる』という話の中心にある『魂蔵』。


 『魂』の『蔵』だ。


 それが『満たされる』ことで、何らかの願いが叶うという。


 超常の存在神様との約束。


 『世界を破滅させる』か『延々と戦争を繰り返す』しか方法がないとも言っていた……言っていたんだ。


 魔女の御伽噺で。


 あの……魔女の棲家――――その地下に…………。


 『ヒデェ話』


 『何が?』なんて……聞けるわけない怖さがあった。


 魔女は、間違いなくこちらの世界で生まれている。


 話の中では、存分に反則染みた知識と能力チートを発揮して――――幸せそうに暮らしていたとされている。


 何不自由なく。


 だが。


 『両親が亡くなった』とも……謳われていた。


 怖い。


 これ以上は確かめる気も、踏み込める気もしない。


 どれぐらい? それは……それは必要なんだろうか?


『やってらんねえよな……参っちまう。元々なんてものとは無縁な生活を送ってたのに。しかも……魂を溜める? 考えるだけで禍々しい……ハハ、神だからか?』


 平然と喋る幻くんが――――初めて日本人なのだと思えなくなった。


『あれで叶うのは、神の願いだ』


 幻くんが――――そういえば名前はなんと言うのだろう――――未練を断ち切るように言った。


『俺達の願いじゃない…………違うんだ』


 ――――叶えたい願いがあったんだろうか?


 誰もが息を呑む告白の中、一人冷静さを保つ姫様が応えた。


「話を遮って悪いのじゃが……妾達の中にお主が考えているような者は居らぬ」


 色々と察しがついてそうな姫様が、しかし断言する。


「話を聞くに、それは少なくない人の『死』の上に立つ願いなのであろう? お主には悪いが……妾達はそれほどおらん」


 そうだなぁ…………。


 魔女の話だって、あくまで予想だ。


 事実は知らず――また求めない。


 あのパッションが迸っている転生魔女は、異世界腐女子ってだけでいい。


 エルフの森で、一人静かに……趣味全開で暮らしてた女の子。


 それでいい。


 幻くんが悲しげに笑う。


『……そうか』


「うむ。であるからして? 魔力の暴走――」



『じゃあ――――何も盗っていかないって言うのか?』



「……」


 これには姫様も無言である。


 そうだね? 俺達元々トレジャーハントしに来たわけだしね? さすがにそれは――


「何も奪わぬ」


 すげえなお前。


 自信満々に言い切る姫様に対して白服の幾人かの方が動揺していた。


 国の事業なのだ。


 王様から命令が下りてきているのだ。


 まさか一現場労働者にどうこうできるわけがないのだ。


 それは――――たとえ同じ王家だろうと変わらない筈なのだ。


 だというのに……。


 全員が捕らえられていると言っても過言ではないこの白い空間で、ハッキリと『嘘を吐ける』姫様は、なんて男前なんだろうね。


 むしろ従業員一同の方が冷や汗を掻いているまである。


『でも見つかった』


「見なかったこととする!」


『人の口に戸は立てられんさ。確実に塞ぐ方法なんて一つだろ?』


「お主! 意地が悪いぞ?!」


『ハハハハ……あー、そうか。続いてんのか……そうか』


 今までの懺悔と比べ、全体に語り掛ける口調ではなく、姫様個人に対して軽口のような遣り取りをする幻くんは、何処か楽しそうで……。


 ――――そして懐かしそうな面持ちだった。


 幻が言う。


『……俺は、自分の持ってる魂蔵を七つに割った。……手元に置いておくと血迷いそうだったからな』


「じゃろうの」


 当然と頷く姫様に、やはり何処か嬉しそうな幻くん。


 実は知り合いかな?


『あー、そうか……。見当が付いてるってことは、未だ残ってるってことか』


「フン! これだけ状況が揃えば、解らぬわけがあるまい! 理解出来ぬ方が難しいわ!」


 そうですか、すいません。


 ちなみに転生者なんでガッツリ関係してそうなんですけど一ミリも理解なんて出来ない。


『あー……そうかそうか。しかしな、があったのも間違いないんだ。こうして『俺』が呼び覚まされているのが証拠さ。……しかも危険域だ。。そうじゃない限り、『俺』は現れない設定になってんだ。そして……『本体』が既に存在しないからな。再設定は出来ない』


 それはつまり……?


 嫌な予感をヒシヒシと感じている俺に、幻の非情な一言が後を押す。


『悪いが死んでくれ』


 そう告げてくる幻の口調に――惑いのようなものは無かった。


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