第407話
たぶん…………五分と経ってないと思う。
再び開いた目に、涙ぐむアンと泣くのを我慢しているように見えるテッドが飛び込んできた。
「――ッ?! レン?! 気付いたの? 生きてる? 大丈夫? 痛くない?」
叫ぶテッドに紛れて聞き取りにくいけど、たぶん『大丈夫?』とか言ってるっぽいアンの声。
大丈夫なわけねえだろ見て分かれ。
悪態の一つでもついて、皮肉混じりの軽口でも吐ければと思っていたのだが……想像以上に体がダルい。
というか動かない。
仕方がないので『今日は何もしない』とボディランゲージする時の幼馴染の目つきを真似して意図を伝える。
「ああ……! ほん、ほんとに……ほんとにぃ――――良かった…………ッ!」
しかし冗談も通じない状態のアンには一向に理解しては貰えず、ただただボロボロと涙を流すばかり。
え? 俺、そんな酷いの?
指先どころか四肢の感覚が遠いから、めちゃくちゃ不安になるんだけど?
ぼんやりとした視界に映るテッドとアンにも不安になる。
ドッペルさんじゃないよね? 俺、死ぬで?
キツく目を瞑っているテッドの後ろから、紫に滲む誰かが声を掛けてきた。
「む。気が付いたか? それは重畳。魔法薬が間に合って何よりじゃ」
知らない高貴さんだ。
……それ、俺の約束の品じゃないよね? 嘘だと言ってよ
後々になって「既に渡したであろ?」なんて言われたら立ち直れないよ? 骨折り損って知ってる? こっちの世界じゃ
心配になる俺の視線に気付いた姫様が、意地の悪そうな笑みを浮かべる。
「ふふ……お主との約束であった魔法薬の受け渡しじゃが、残念ながら品が不足になった。しかし安心するといい。妾もケチなことは言わん。地下とこことの約束通り、きっちりと二本渡してやろう」
おおっ?!
「王都での」
おおぅ……。
「あり、ありが……とっ…………ござ!」
何のことか分からずともしゃくり上げながら礼を言うアンに便乗して、少しでも譲歩を引き出せないかとジト目になった。
良心を攻撃するんだ!
今はこれが精一杯。
……全然ロマンスとか生まれないんだが? むしろ白い目で睨み返されたんだが?
俺のことを地面にへばりつくガムか何かのように一瞥した姫様は、それが必須技能であるかの如く表情を慈母的なものに変え、鷹揚な所作でアンへと頷き返した。
よっぽどドッペルやで……。
「うむ、構わぬ。犠牲は妾の望むところではない。薬の一本や二本を渡すのに、なんの問題があろうというものじゃ」
じゃあ報酬を郵送してくれてもいいんじゃないの?
ちなみに、俺の上半身を抱き起こしてくれているのはテッドで、アンは反対隣りで自分の拳を握り潰さんばかりに手を白くして座っている。
無いんだよ……異世界でラッキーなハプニングとか、死闘へのご褒美とか……。
もしかしてトラックに跳ねられるぐらいの不運を経験していなければ、異性にモテるというハプニング(?)も無いのかもしれない。
まあしかし……。
とりあえずミッションコンプリートだ。
あとはどうにか地上に戻って、薬だけ上手いこと騙し取る方法を……。
――――なんて考えいたところで、ハタと気付いた。
ここ……何処ぉ?
真っ白な空間だ。
白飛びがヤバくて白服どもが意図せずして迷彩色。
そういえばいたなぁ……なんて記憶の混濁のせいにして難を逃れる。
それにしては…………いつもなら「姫殿下」「姫殿下」と、動画配信者のコアなファンレベルでうるさいくせに……今日は静かだな?
動かせるのが瞳だけとあってギョロギョロと視界をズラせば、目当ての白服達を見つけることが出来るのだが……。
なんぞ距離を取っている。
というか包囲? している。
そしてその割には、こちらに背を向けて……まるで――――
……あ。
そういえばあのポニテのくせに記号を外した戦闘狂ってどうなったんだろうか?
…………うん?
あれ? そもそも……そもそも戦闘自体をあまり思い出せないのだが?
俺、あいつと戦ったよな? なんで思い出せない…………ハッ?!
その白い空間と相まって、直後の気付きに冷や汗が流れた。
これ――――みんな死んじゃってない? 大丈夫?
この白い何も無い空間。
確かに足場があるというのに、それも含めて全て白く……ともすれば浮かんでいるようにも見えるこの空間は……?!
知ってる! 俺、知ってる! このあと美人が出てくんの!
そして集団の時に貰えるチートは残り物系か早い者勝ちなのだ。
そこを騙くらかすなり譲歩を引き出すなりしてネゴシエーションすることが、今後の転生生活を大きく変えるのだ。
まあ、そんなことより何よりも――――転生するとしたら絶対に通って起きたい通過点が、この後に存在する。
テンプレだろうとなんだろうと構わないさ、見てみたいだろ? 絶世の――
「め、めが…………」
「…………こんなときに巫山戯んなよ」
ハフーと溜め息を吐かれたテッドにキレそう。
違うって! 確かに某有名アニメ映画の悪役の真似はよくやるけど! そうじゃなくて!
絶世のお!
ブン、と――
今は無きブラウン管テレビの起動時のように。
唐突に。
アンと姫様が喋っている後ろへ――あの、木製の机を隠していた部屋に映し出された男が現れた。
……だから違うって。
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