第401話
「『死活生』、更に一年使うわ」
唱えたのはポニテ、動いたのは三つ首。
まずは小手調べとばかりに遠距離からの
全ての頭が余すことなく紫電を散らしている。
暗闇を裂く青白い閃光が、逃げ道を塞ぐように三方へと展開された。
「防ぎます!」
応えたのはリーゼンロッテ。
襲い来る閃光に、剣身を寝かせるような構えを取った。
未だ消えやらぬ聖剣の光が、リーゼンロッテの意を汲んで一際眩く輝き始める。
途端に噴き上がった光の柱が倒れている救助隊を含めて俺達を覆う。
水面を強く叩いたような音が弾けた。
続くズシャアアアという音から、どうやら防げはしたが雷の息が止んだわけではないようだと理解する。
しかしナイス時間稼ぎである。
壊れた水道は――こう対処する!
既に光の柱を飛び出してケルベロスへと距離を詰めていた俺が、ようやく気付いた表情になった頭の一つに拳を放り込んだ。
強制的に口を閉じさせるような、顎を打ち抜くアッパーカット。
どういう原理で属性のある息を吐いているのかは知らないが、閉じた口からは何かが焼き切れるような音と共に黒煙が上がった。
頭の一つが起こした不具合に、残る二つも息を止めた。
もう――――
「――――あは」
――――っの! クソ女!
飛び上がるなどのミスをすることなく地に足を着けて打ったアッパーは、次撃に備えての布石だった。
僅かに浮いたケルベロスの巨体から、その思惑は上手くいっていたと思う。
禍々しい大剣がカットインしてこなければ。
次撃のために握り締めていた拳を、降り注いでくる大剣を逸らすために解いた。
剣の面の部分を叩いて軌道を変える。
俺を唐竹割りにせんと振り下ろされた大剣が、命を掠めて離れていく。
交差した視線は一瞬だったが、互いが互いの動きについてこられていることに驚いているのが分かった。
――――こいつ、速ぇ?!
続く反応が正と負に分かれたのは、経験値の違いというよりか持っている性質の違いだろう。
敵の強さを認めて笑みを浮かべる奴と、手強い敵の出現に苦い表情になる奴。
近しい実力を持った相手に遭った時の素直な反応である。
テメエはバトル漫画の主人公かッ?!
しかし僅かに勝る筈――――そう信じて振り払うように腕を振るった。
別に裏拳でもなんでもない、只の拒絶だ。
それでも並の魔物なら消し飛ばんばかりの腕の一振りを、皮一枚の見切りで躱される。
僅かなスウェーバックは重心を残していた。
マズ――――
剣と徒手空拳。
刃物と素手。
言わずもがなの差がある。
そして他者が介入出来ないスピードなのは今更だろう。
――――一匹を除いて。
唐突な黒炎が足元から生えてきた。
見るからにヤバいその炎に、漁夫の利されては堪らないとばかりにアテナがバックステップ。
属性の息に比べると幾段か派手さに劣る黒炎は、しかし内包するヤバさが段違いだと直感が告げていた。
アテナもそう感じたのか、千載一遇とも言うべき好機を振って、トレードマークであるポニテを跳ねさせながら距離を取っている。
滲むように現れた黒炎は――――リーゼンロッテが放った光撃によって一瞬で消え去った。
何故か『ズルい』と感じてしまう。
脅威度で言えば圧倒的に黒炎の方がヤバい感覚だったのに……。
これにはケルベロスでさえ予想外だったのか、続く攻撃も無くして弾けるように離れていく俺を見送ってしまう。
しかし距離を取れたのも束の間、空気を裂いて飛ぶ斬撃が俺を襲った。
遠間にて、こちらを試すように笑うポニーテール――
俺も遠距離攻撃手段が欲しいなあ?!
つくづく拳でしか戦えない俺は、異世界に向いてないんだと思う。
幾重にも引かれる斬線が、こちらの逃げ道を塞ぐ。
握り締めたのはデフォ装備。
生まれつき頂いた両の手だ!
追い回されてはジリ貧と覚悟を決めて飛来する斬撃に対して足を止めた。
魔法として放たれたわけではない斬撃は、普段から食らったり使ったりする風の刃と違って捉えづらい。
強化魔法が無ければ感じ取るのも難しかったかもしれない。
人を越えた域に達する目が、耳が、肌が――自身を傷つけんとする真空の刃を捉えた。
幾多の強敵を粉砕してきた拳を、刃の面へと打ち込む。
激しく空気を叩く音が――まるで一つの音であるかのように連続する。
『与し易い』とでも思われたのか、黒い影を帯のように引きながらケルベロスがこちらへと近付いてきた。
そりゃあ?! ――――ありだろうよッ!
射線を遮らないように回り込むケルベロスに、迎撃していた拳を止めて襲い掛かる。
まず、どちらかを落とすことが鍵だ。
どういう絡繰りかは知らないが、ポニテがヤベえ。
あれは二対一で襲い掛かった方がいい。
ほんと、急場でパワーアップとか何処の主人公星から来たんですかねえ?!
文句を浮かべる俺の背中に斬撃が刺さる。
フードを被らないことには効果を発揮しない魔道具は、たとえ被っていたとしても紙防御なので悔いは無い。
背中を走る鋭い痛みには歯を食いしばって耐えた。
続く痛みの熱さからまだ問題ないと最大速度で飛び掛かる。
まさか飛び込んでくるとは思わなかったのか、止まることなく真っ向からぶつかるケルベロスに渾身の一撃を見舞った。
真ん中の首が凹むほどの威力を発揮して、その巨体を吹き飛ばすことに成功した。
ひっくり返る地獄の番犬にトドメを刺すべく襲い掛かる。
ここで決めないと――――!
暗闇に赤い彩りを加える血の雫にも構わずに地面を蹴った。
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