第400話


 ……あ、これは何かやらかしたわ。


 反応を見せた二人以外には通じてるっぽい欺瞞


 それこそ幾度となく言い訳させてもらっているシュトレーゼンに至っては、欠片も疑う様子を見せたことがない。


 これが演技だとしたら俳優の座を譲らなくちゃいけなくなる。


 とりあえず『魔道具』と言っておけば安心……そんな鉄壁の理論を突き崩す確証を、この二人は持っているようだ。


 特にリーゼンロッテの驚きが酷い。


 どれだけ状況が動こうとも、目の前にいるアテナから意識は逸らさなかったというのに……。


 それはこっちの予定と違う。


 今から入れる保険ってありますか?


 冷や汗に濡れる俺にリーゼンロッテが問い掛けてくる。


「…………レライト、その話は本当に……」


「本当です、リーゼンロッテ様。私は嘘をつきません」


「……」


 あれれ? おかしいな? 白い視線が増えた気がするぞ?


「ふっ、あはは! あははははははは! あー、面白い! あなた、中々面白いこと言うわね? 氣属性の魔道具を王族から? へー、ふーん。いいんじゃない? 私は信じるわよ?」


 そんなにおかしいことなの?


 他の人の反応が気になり、再び詠唱をしているシュトレーゼンやアンの様子を窺った。


 どちらも何が変なのか分からないと頭に疑問符を浮かべている。


 真面目に機を窺っているのはケルちゃんのみということになりますね?


 接近戦は分が悪いと睨んでいるのか、距離を取ったケルベロスは再び近付いてこない。


 あの多種様々なブレスも、遠過ぎる故か撃つのを躊躇っているみたいだ。


 つまり――


 今がチャンス! 今がチャンスだよ! ほら、はよお逃げ! はよう?!


 呆けた面を晒す幼馴染を顎で促すと、ようやく夢から醒めたように顔を引き締め直した。


 しかしショックから未だ覚めやらぬといったリーゼンロッテの視線は、俺の嘘を見抜かんと俺に固定されたままである。


「…………レライト。事は……そう単純ではあまりせんよ? 嘘偽り無く答えてください。貴方が『氣』の属性を持っているというのなら……それは稀有なことではありますが、可能性が無いこともない……まだ受け入れられる話でしょう。しかし――」


「リーゼンロッテ様。私も姫殿下より伝え聞いております。嘘ではありません。この者は、王家由来の魔道具を貸し与えられたというだけで」


「ありえません」


 状況を把握しているシュトレーゼンさんが、空気を読めないことに定評のある女騎士の話を終わらせに掛かった……というのに、ピシャリと跳ね除けられてしまう。


 シュトレーゼン……あんた間違ってないよ、この状況でゴタゴタ話すあいつらがおかしいねん。


 トントンとバックステップを踏みながら距離を取り始めたアテナが言う。



「氣属性の存在しないわ」



 ――――どこか可笑しそうに。


 アテナの動きに釣られたのか、ケルベロスがゆっくりと円を描くように動き始めた――


 どうやらこの犬も、アテナの存在には一目を置いているようだ。


 ……同様の力を持つ筈のリーゼンロッテに割いている警戒とは、また配分が違うように思えるが……。


 緊張が足元まで迫っている――


 再び爆発する時も近い。


 アテナの言葉を受けて、リーゼンロッテが再び口を開く。


「正確には……存在しないわけではありません。希少……いえ、希少と呼ぶにも足りない程に少なく、この世界に存在します。しかし……」


 言い淀むリーゼンロッテに、今度はアテナが続ける。


のよね? 模倣出来ない、再現出来ない、いつからか存在する、その以外には同じことが出来ない。その強力さ故に、現存するものは殆どが国の管理になっている……。だから私は信じるわよ? あなたが王族から賜わったっていう話」


 ジリジリと……迫りくるのは緊迫感だけだろうか?


 ……空気が悪いな? うん、地下だからね? 地下だから。


 これ以上は続けさせてはいけないと嫌な予感君も言っているので口を挟んだ。


「リーゼンロッテ様。お話は後でしましょう。状況が悪過ぎます。私は逃げないので……」


 ケルベロスの動きがピタリと止まった。


 収まりが良いとばかりに戦闘態勢だ。


「いえ…………いえ、はい……そう、ですね。……はい。…………取り乱しました。話はあとにしましょう……」


 多少は息もつけたのか再び剣を持ち上げるリーゼンロッテだったが……その視線は俺の装備をジロジロと確認している。


 何処かに何かでも持っているんじゃないかと探している。


 ………………………………しゃーない。


「――――リジィ、集中しろ。じゃなきゃ全滅もあり得るぞ。……アン! 準備は?」


「うん! いつでも!」


 呼び捨てにされたリーゼンロッテが、冷水を浴びせられたかのように目をパチクリとさせた。


 ……ああ、そういう癖があったね。


 グッタリとした誰かに肩を貸すアンが、こちらを見て頷いている。


「あたしにも後で聞かせてね!」


「断る!」


 僕は嘘つきだよ? 本当に後で話すわけがないじゃないか?


 全力で逃げる事を誓ってます。


 あとは姫様にどうにかして貰おう。


 ビリビリと空気を震わせるプレッシャーのようなものを放つアテナに…………三つ首の番犬が反応して身を沈める。


 どっちからだ? あるいはどっちもか?


 僅かに前のめりになった俺に、チャキッという剣を握り直す音が聞こえてきた。


「本当に……貴方の言葉には時々ハッとさせられますね。色々と疑問は尽きませんが、ひとまずはこの窮地を乗り越えてからにしましょう」


 そりゃ助かる。


 深く溜め息を吐いて集中し直すリーゼンロッテを横目に――――一際大きなプレッシャーがアテナから放たれた。


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