第395話


「誰だ!」


 誰何の声を上げたのは、見張りに立っていた白服だった。


 一眠りして起きた後。


 時間的には完全に昼夜逆転のていを見せる集団にあって、夜勤のような昼勤に当たる見張りに俺達もそろそろ参加しようと腰を上げた時だった。


 分岐は、俺達が入ってきた通路の他に五つの通路が繋がっている。


 今のところ同じような場所に出ていないのは、この階層の広さ故にといったところだろう。


 俺とテッドが交代することになっていた見張りも、そんな分岐の一つを担っていた。


 灯りの魔道具に照らされる分岐の一つから、ボロボロの装備を纏った誰かがやってくるところだった――


「……あ、水の人……って、なんだよその怪我! 大丈夫なのか?!」


 次いで声を上げたのが――俺の隣りにいる幼馴染だ。


 声の感じからしてテッドの知り合いだろうか?


 じゃあ偽物だね? こいつに友達とかいないから。


 慌てて駆け出す幼馴染を、見張りの白服が止めた。


 テッドが泡を食ったように言う。


「味方だよ、味方! 一緒に救助に入った人だって!」


「それは俺も分かってる! というか同じ騎士団だ! しかしそういう問題じゃないだろ?!」


 直情的が売りの幼馴染は、『火の玉』の二つ名に恥じない猪突猛進ぶりを見せているが……大体、態度として合ってるのは白服さんの方なので俺もテッドを止めに入った。


 いや偽物じゃないんだけどさ?


 通路の先から現れたのは――二人だ。


 テッドが言う『水の人』と、その『水の人』が肩を貸すようにして歩いているもう一人――で、二人。


 二人ともボロボロだが同じ装備をしている。


 白服の人が言っていた救助隊の人だろう。


 魔力を纏っている感じもないので、これが粘土魔物ということも無さそうなのだが……それを理解しているのは俺だけなので、確認のため本人しか知り得ないような質疑応答が始まった。


 幾つかの質疑応答の後で問題無しという結果になり、早速テッドの証言の裏付けが取られることになった。


 現れた二人の内の一人が救助隊の最後尾に付けていたようで、全員がバラバラな場所に飛ばされたことが新たな証言で明らかとなった。


 順番に前から消えていったらしい。


 気付くと見知らぬ通路に立っていた『最後尾の人』は、その後、近くに飛ばされていた同じ隊の『水の人』と合流し、他の人を探すべく探索を開始したそうだ。


 運良く……と言っていいのかどうかは分からないが、魔物と遭遇したのは一戦のみだと言う。


 一戦……しかも通路に出る魔物でだ。


 二人ともちゃんとした騎士で、しかも白服よりも良い装備を着けているというのに満身創痍である。


 出てきた魔物はデカいアメンボのような魔物で……一体だけだったというから、やはり運が良いのだろう。


 いや悪いのか?


 『最後尾の人』が息も絶え絶えに笑う。


「二体以上なら……ヤバかった」


「そうか……。よし、もういいぞ。充分だ、よくやった。直ぐに傷を治させるからな。リードを呼んでくる、待っててくれ」


「ゆっくりでいいぞ……重傷じゃないんだ、大事にしないでくれよ?」


「その一言で姫殿下も呼ぶことを決めたぞ。直々にお褒めの言葉を貰え」


 軽口を遣り取りする様子から、どうやら命に別状はないように思えるが……それでももう立ち上がる気力は無いのか、ボロボロの二人は分岐部屋の壁に背中を預けて座っている。


 テッドが言う『水の人』に至っては一言もない。


 重傷では無さそうだが、いくらか怪我もしているうえに、装備のボロボロさからは死力を尽くしたことが窺えた。


 ……テッドが声を掛けるべきか否かまごまごした動きを見せているが……これは相手の名前を覚えてないとかだろうな、きっと。


 明らかに『話し掛けないでくれ』といった空気を出すお疲れ気味の『水の人』を慮ったのか、『最後尾の人』の方からテッドに声を掛けた。


「大丈夫だよ……。ただ、無理して魔力を絞り出したもんだから……少しばかり休息が必要なんだ」


「あ……魔力切れ……」


「そうだ……俺もな。…………少し眠る……有事には、起こしてくれ……」


 これ死んじゃわない?


 テッドの返事を待つことなく気を失った『最後尾の人』は、燃え尽きたような表情をしている。


 限界まで頑張った報告だったのだろう。


「…………必ず!」


 ……なんか雰囲気を出して頷いているテッドには悪いんだけど、穏やかな寝息だからね?


 あんまりフラグを立ててやるなよ? 本当に帰らぬ人になっちゃうぞ?


 主人公的イベントを幼馴染がこなしているのを見ながらも、不味い事態になったんじゃないかと他人事のように思う。


 だって計らずとも露呈してしまったのだ。


 騎士の力が通じるのはここまでだと。


 幾段劣る装備の白服に、これ以上の探索は危険だと突き付けられた形である。


 ましてや相手は『救助隊』なのだ。


 腕の方も選りすぐりが選ばれていても不思議じゃない。


 少なくとも騎士団の中でも信用出来る実力者だろう。


 それがなのだから何を況んやである。


 直ぐさま会議となった。


 俺もテッドも輪に入ることなく外堀を埋めるだけの飾りと化していたが、騎士様方は活発な意見交換を見せていた。


 犠牲も已む無しとした意見や、遠回りになろうとも安全なルートを確保するという意見。


 戻って穴を登るといったものから、さらなる救助を待つといったものまで。


 実に色々なものが出た。


 状況の把握と危機意識の共有がなされた白服集団は、しかし当初の目的からブレることなく本懐を遂げようとしている。


 曰く、姫様の救助である。


 つまり意見には賛成もなければ否定もない。


 全ては御身の意志の元と言わんばかりに姫様の決定を待っていた。


 皆の注目が集まる中で、姫様が細く長い溜め息を吐き出した。


 『今から喋るよ』の合図かな?


 俺は詳しいんだ。


 そして短く吸い込む瞬間、注目の一瞬――――に、シュトレーゼンが言葉を被せた。


「御身の道…………私が切り開いて見せましょう」


 迸る情熱を瞳に込めて、歌劇の主役の如くシュトレーゼンが言った。


 もう、あっちもこっちも主人公しちゃってさ? どこから手をつければいいのやら……。


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