第394話


 またも行きた当たった分岐部屋に、今度はゴブリンサイズの木の精のような奴がいた。


 全身が樹木のような肌で、蔓がミイラ男の包帯のようにそれを覆っている。


 瞳は空っぽの虚のような暗さを称えているが、視線が通じているのはこちらの姿を捉えてそうなことから間違いなさそうである。


 めっちゃ睨んでるねぇ……。


 人型であることと背中に生える植物が羽のような広がりを見せることから、木の精なんて思ってはみたが……決してファンシーな意味ではない。


 ファンキーな方だ。


 こちらに来てからの妖精とか精霊のイメージって悪いからさぁ……ねえ?


 あれが精霊だと言われても俺は納得してしまう。


 デカい分岐の発見を理由に、僅かに先行して本隊と離れている。


 実際にあった分岐の報告をさせるためにとテッドも戻した。


 稼げる時間は僅かだろう。


 幾つにもバラけた斥候を集めて本隊がこちらにやってくるまでの時間――


 充分だな。


 ここが魔力の使いどころと両強化を三倍に引き上げて――――昏い瞳でこちらを見つめてくる樹精モドキがいる分岐へと足を踏み入れた。


 どちらが森の魔物として相応しいか教えてやろう!











 結果で言うなら辛い勝利だった。


 割とあっさりと片付くものと思っていた森の魔物決定戦は、相手の無尽蔵にも思える再生能力を脳筋で押し切るという結果に落ち着いた。


 昔やっつけたデカい髑髏よりもよっぽど強かったんだけど?


 このダンジョンの攻略難易度がバグってる件についてのクレームは何処に入れればいいのかなぁ?


 本隊からの灯りが届くかどうかというところで、根負けしたかのようにボコボコになった樹精が忽然と姿を消してくれたのだ。


 あと一分早かったらヤバかった。


 部屋が淡く緑色に光っていたせいでテッドにも樹精を確認されていたのだが、唐突に消えたと言えば納得されるというのだから……。


 このダンジョンの特異性も最早周知のものだろう。


 集団の中で最も高貴な方のジト目が嫌ってほど刺さったけど……下々たる俺にはなんのことやら分からなかった。


 打撃音? ああ、鳴ってたね……たぶんそういう鳴き声なんだよ。


 一先ず休憩を取ることになった一行。


 しかし異変の方は休んでくれないようで……。


「……む?」


 早々に気付いたのは唯一と言ってもいい負傷者だった腹を裂かれた白服である。


「…………傷が、治っておるのか?」


 姫様から頂いた魔法薬をギリギリの分量で節約した切腹白服は、未だ引き攣るような痛みが残る体で行軍をしていたらしい。


 他の白服と違い、動きも少なくジッとしていたのは傷の痛みのためというのもそうなのだが……大きなところは体力の回復もあったのだろう。


 だからこそ一番早く気が付いた。


 この『回復部屋』の事実に。


 ……そういや回復魔法の光って緑だったわ。


 微妙に発光する分岐部屋は、ここに居た植物系統の魔物の姿を捉えづらくするためとでも思っていた。


 確かに魔力が混じっているけれど……まさか常時回復するとか思うまいよ?


 ダンジョン内での安全地帯と回復場所。


 それこそロープレの基本っちゃ基本だけどさあ……。


 本当に何を考えてるんだろう? ここを作った奴ってのは。


 これ幸いと細かい傷や体力の減衰が見えていた白服共が復活である。


 ここで長めの休憩を取ることになっていたので、この回復は嬉しい誤算だろう。


 姫様はあまり嬉しそうな顔をしてないが。


 …………まあ、それも分かるっちゃ分かる。


 恐らくはここらが限度だ。


 もしこれ以上出てくる魔物が強くなるのなら、それは少なくない犠牲者が出ることを表している。


 ここにいた樹精モドキの強さからしても、白服が勝てたかどうかは五分五分といったところだったから尚更である。


 引き返す判断……それがこの回復で『しづらく』なってしまった。


 ……俺は戻ってもいいと思うけどなぁ?


 その方が安全だろう。


 合流するにしても、帰るにしても。


 しかし姫様は戻る判断を下してはいない。


 それは俺とは違う考えがあるということで……。


 ズイッと突き出された干し芋に思考が中断される。


「ん」


「おお……ありがとう」


「おう! 俺のもこれで最後だからな!」


 テッドが干し芋を手渡したきたので受け取った。


 俺の手持ちは前回の休憩の時に無くなったので、ありがたいと言えばありがたい。


 しっかりと体力を回復するために長めの休憩中である。


 中には体を横にして眠っている白服もいる。


 気持ちいいよな、ここ。


 うっかりすると瞼を閉じそうになる心地よさがあるので気持ちは分かる。


「まさか食料問題じゃないよなぁ……」


「何がだ?」


「……いや、食料が足りなくなるんじゃないかって……」


「大丈夫だろ? あっちの騎士の奴らがまだ持ってるし。それに水は魔法で出せるんだ。ここまで降りてきた俺の体感だと、食料が無くなったところで帰るまでは持つよ」


 気楽そうに答えるテッドを横目に、しかし俺もそう思っているのでなんとも言えない……。


 そうなんだよなあ……たぶん、上まではそんなに時間が掛からないんだよなぁ。


 隅々まで調べるとなると何十日どころか年単位で掛かりそうな遺跡だが……上に戻るだけとなると二日も掛からなさそうである。


 階層にして四階層? あの隠された地下を合わせても五階層なのだ。


 広さやスケール、詰まっている技術はともかくとして……。


 純粋な登り降りだけなら、リドナイにあったダンジョンの方が時間が掛かると思う。


 なのに姫様は…………焦っている、ようにすら感じる――


 それは何処からだったっけ? と、あまり覚えのない記憶を遡りながら、テッドから貰った干し芋を噛み千切った。


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