第393話
しかしながらテッド達が降りてきた階段以外の道が他に無いとも限らないので、結局のところこの階層を踏破することになった。
エレベーターという前例もある。
上へと上がる別のルートが用意されていたとしても、それは不思議じゃない。
――と、皆が考えるであろう希望的観測に姫様は『否』を唱えず、進行を再開している。
こればかりは俺も『無い』とは言い切れなかった。
そもそもの崖肌からの侵入ルートも正規のものじゃないわけで……。
いざとなったらエレベーターをよじ登るという手段が残されている。
出来れば遠慮したい手段なので、他の階段を探すのには俺も賛成である。
散らばってしまった他の救助隊員に、俺の幼馴染も含まれているのだから尚更だ。
姫様の結論も、他に良案を見つけ出せないでいるからか、『上への階段を見つける』という方針に変更はないみたいだ。
……明らかに賛成もしてないけど。
姫様の顔色が思わしくない。
それはこの先の不安を示していた。
マズい流れなのは、少しばかりに歩くと俺にも分かってきた。
「姫様! 俺なら救助隊の装備も顔もバッチリです! 階段のある通路も覚えてます、俺に先頭を任せてください!」
それは空気も読まずにそんな提案をした幼馴染のせいだけじゃなく……。
この階層を先行していた斥候隊としての経験故にだ。
バカな提案のせいで再びの先頭となった俺とバカ野郎は、本隊の目の届く範囲での露払いという役割を担っている……の、だが――
「レン!」
わかってるよ。
通路を嘗めるように放ったテッドの炎が、暗闇を切り裂いて黒い毛皮を持つ魔物にダメージを与える。
半ば闇と……いいや影と同化しているような黒い毛皮の狼が、『これは堪らん!』とばかりに飛び出してきた。
これだけの炎だ、多少のダメージはあるようなのだが……。
決定的なものじゃないのか、未だに殺意高く牙を剥き出しに襲い掛かってくる黒い狼。
両強化を二倍に引き上げた俺の拳が、黒い弾丸となった狼を迎え撃った。
確かな手応えと――――意外な重さ。
一つでは足りぬと拳を弾幕のように打ち込んで炎の中へとお帰り願った。
床へと叩きつけられた黒い狼が炎の中で短い悲鳴を上げると、次の瞬間には忽然と姿を消した。
どうやら今の魔物は幻の方だったらしい。
残されて光る銀貨が魔物の種類を主張している。
「ふう…………ちょっとしんどくなってきたか? レンの方はどうだ? キツくなったら変わって貰えよ」
最初は落ちる銀貨に興奮していたテッドも、反応が薄くなってきた。
魔力が充分に残っていたから戦えてはいるのだが……ギブアップするのも遠い未来ではないだろう。
――――そしてそれはテッドに限ったことじゃない。
今や大隊長や白服と共に戦っていない俺達だ。
というのも増えた分岐と接敵の多さが関係してくる。
一つの通路に最低でも一回とした戦闘は、大体が数を増やし……また横道も増えた。
必然として露払いの人数も増え…………そして敵の強さも増してきた。
集団としての強さを持つ狼を一匹相手にするのにも魔法を使っているのだから、それがどの程度の消耗に繋がるのか……考えなくても分かるというもの。
現にテッドからですら消耗を気にするような発言が飛び出している。
費用対効果が割に合わない。
こんなもん、即時退却でしょうよ……本来なら。
先に進めば進むほど明らかに敵の強さが増している。
…………こりゃ、相当ヤバいぞ? 絶対に脱落者が出るでしょ?
魔力の回復を望むのなら、こまめな休息が必要なのだが……。
それが出来るのも『ボス部屋』の魔物を倒したればこそだ。
ここまでの傾向からしてボス部屋の魔物は、通路に出る魔物の比じゃない。
次辺りはギリギリのラインになりそうである。
目の前にいる、意外なことにしっかりと魔法使いしている息の上がりかけた幼馴染を見れば尚の事だろう。
気遣いに大丈夫だと手を振って意思を示すと、息を整えたテッドが言う。
「それにしても……レンもそこそこ戦えるんだな? ちょっと驚いたぜ」
「テッドはサボりまくって行ってないけど、俺は村でやってる狩りに参加してるからな。エノクもマッシも参加してるぞ?」
そういうことにしとけ。
ちなみに俺に弓の才能は無い。
ジト目さんですら既にからかうことを躊躇するぐらいと言えば何を況んやである。
適当に誤魔化す俺の言葉に、テッドはバツが悪そうな顔になる。
「うっ?! あれか……。師匠も強制はしないけど、経験は多い方がいいって言ってたなー。……まあ俺には冒険者の仕事があるから、早々狩りなんて行ってられねえんだけどさ」
う〜ん……そう言われるとそうなんだよなぁ。
交代でやっていた商店の護衛をテッド達に任せているのだから、そこはそれ、ギブアンドテイクとも言える。
チャノスのように商業に専念する人もいれば、村での役割をこなしてないとも言えない。
まあ、お互い大人になったということで……。
「あ、そうだ」
上手く誤魔化せたと周りを警戒する俺に、銀貨を拾っていたテッドが思い出したかのように言う。
「俺さ、この徴兵が終わったら、そろそろまた冒険の旅に出ようって思ってるんだ。レンも成人したから聞くけどよ、俺と一緒に冒険するか?」
おい、そりゃまたぶっ込んできたな?
「しない」
「だと思った! チャノスやアンからもそう言われてたんだけどさー、一応聞いておこうと思ったんだ。じゃないとレン、また拗ねるかもしれないだろ?」
俺もこれほどキレたことはない。
お、お、お? お〜……俺が? 誰が? 誰が拗ねるって? うん? テメー、いっぺんハッキリさせとくか? おお?
俺の即答にも気にしていない幼馴染の後頭部を、穴が空かないかな? と見つめる。
たった今『呪いって生まれないのかなファンタジー?』と見つめられているとも知らぬテッドが続ける。
「俺達が冒険者として出て行った時に、レンも村の外を探しに出ただろ? だから言っとこうと思ってさ。『もう大丈夫』だって。なんでか分かんねえけどさ!」
…………。
「チャノスは?」
「え、連れて行かないけど? なんでだ?」
「……そうか」
当たり前だろ? と言わんばかりのテッドが、拾い上げた銀貨を手渡してくる。
長年の親友と別れると伝えてくる幼馴染は……いつも通りの笑顔だ。
「ほい」
「ああ」
子供が大人になるのはあっと言う間という言葉を、初めて実感出来た気がした。
受け取った銀貨は魔法の効果に拘らず、やけに重たく感じられた。
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