第390話


「斥候を出すのは止めじゃな」


 粗方の事情を把握した姫様が、そう結論付けることで話を結んだ。


 粘土魔物ジェリー・マン


 人に化ける流動性の体を持ったこいつが、恐らくはそうなのだろうと姫様は言う。


「図鑑にて読んだことがある。皆が知らぬのも無理はない。非常に生息数の少ない魔物じゃった筈じゃ。人を騙し、欺き、食らうことで、活力を得て行動する魔物……。一人殺しては闇に消え、再び現れる本物を、今度は仲間に殺させることによって、互いを疑心暗鬼に陥らせていく……じゃったかの? 執念深く、獲物を執拗に付け回しては、全滅させるのが性らしい」


 とんでもねえな。


 集団から離れるのは得策ではないとして、斥候を出さずに行動することになった。


 となると……今度は先頭を行くのか? と思いきや――


 最後尾にて後ろを警戒する役に回された。


 ちょうど大隊長さんと役割を交換した感じだ。


 件の粘土魔物だが、普段は壁や木に擬態してエネルギーの消耗を防ぎ、獲物が通り掛かるまでジッとしているのが常らしい。


 実体のあったことからして餌の必要性を感じるのだが……なんでも壁に擬態させた粘土魔物は百年を越えても存在したというのだ。


 ……ほんと、異世界……っていうか魔物って不思議。


 どういう体の構造してんだろうね? 前の世界でも遥かに寿命の長い生物とか居たし、そういう生物の魔物バージョンって感じなんだろうか?


「粘土魔物は、基本的に後ろからやってくる」


 そんな基本方針の元、俺が最後尾を警戒することになった。


 これも姫様の一押し。


 姫様の視線には『お主、塗料が着かずとも見破っておったな?』とでも言いたげな言葉が含まれていて、中腰で粘土魔物目掛けて飛び上がろうとしていた俺には、これに反論する言葉を持たず……。


 周りからすると、いざという時に『斬り捨てやすい』という理由からこれを承諾された。


 ……まあね? どうも粘土魔物はアクティブな状態だと常に魔力を身に纏っているから、俺からすれば『どこに行こうというのかね?』なんだけど……。


 でも出来れば、誰の偽物にだろうと会いたくはない。


 見掛けがそっくり同じというのは、なんというか……見た目以上のインパクトがあるのだ。


 偽物と知れたとしても攻撃を躊躇してしまうぐらいには。


 僅かも知らない白服や大隊長さんでも『もしかして?』と思えるぐらいには躊躇してしまうのだ、それが幼馴染となったら偽物と分かっていても攻撃出来ないかもしれない。


 自分の偽物? ああ余裕。


 姫様の話では、化けるのは『居て不自然ではない』人物とのこと。


 ある程度の記憶や思考が読めるとも言っていた。


 当人とは限らないという話に、俺が乗り気じゃなくなるというのも分かるだろう?


 そう、幼馴染……――特にテトラが出てきたら?! なんて考えるだけで……ッ!


 そんなもんもう踏み絵じゃんね?! 俺には出来ないよ! たとえそれが魔物だとしても?!!


 幕府はなんて残酷なことを考えたんだ! なんなら火責め水責めの方がいいよ! 今なら余裕で受けきれるしね!


 テッドとチャノスなら……まあ、なんとか? 日頃の鬱憤もあるし、魔物だと思えば強化三倍で殴りつけることも……いや、魔物だからね? うん。


 しかしこれがアンやケニア……そしてアークエンジェルともなると話が違う。


 俺にやれるだろうか? いいや無理だね。


 ある程度の衝撃で変化が解ける可能性もあるとのことなので、一回殴ってみろと言われているが……それが中々難しいって話だ。


 ちなみに可能性として最も高い白服相手ならギリ頑張れると思う。


 後々のことを考えると……お偉いさんの顔を殴って無事に生活出来んのか? って思いはするけど。


 姫様との約束である『無かったことにする』に期待したい。


 ――――そんな俺の心配を他所に、粘土魔物が再び現れることはなく、またしてもデカい空間のある分岐にやってこれた。


 そこに居たのは――――一つ目の巨人。


 長い通路も、こいつの居るスペースを確保するためだったという巨大さの一つ目の巨人サイクロプスが、ビルも斯くやと言わん棍棒を片手に立っていた。


 通路からの魔法攻撃でアッサリ退場となったサイクロプス君には同情を禁じ得ない。


 ……魔法使いが団子でダンジョン攻略しちゃダメだよねえ?


「サイクロプスは魔法に弱い。これがトロールとなるとまた違ったのじゃがの」


 そう説明してくれた姫様に、『違う、そうじゃない』というツッコミは控えさせてもらった。


 なんとも反則なのが魔法の力か……。


 騎士団の構成が、ほぼ貴族になってしまうというのも頷ける破壊力だ。


 これが貴族の普通なら……そりゃ平民からの登用は憚れる。


 そしてテッドが調子に乗って、最終目標を『貴族』と定めるのも仕方のないことなんだろう。


 ……まあ、テッドからしたら『貴族』は『英雄』になったんだからそうなる程度のもんだったけど。


 ここで一旦は休憩を取ることになった。


 恐らくは外じゃ日も高くなる時刻だと言う。


 俺には分岐の一つを見張るという役目を課せられた。


 姫様が言うには安全で、俺のゲーム知識としても安全だろうという結論に至っている。


 要は『ボス部屋』なのだ。


 雑魚魔物と会敵することは無いだろう。


 じゃあ見張りも要らないかと言えば、そういうことじゃない。


 用心を怠るわけにはいかず……また俺から姫様を遠ざけようとするシュトレーゼンの意図を含めてのボッチ飯となった。


 モソモソと保存食を食べながら思う。


 シュトレーゼンさん……俺はあんたの味方だよ?


 その調子で是非ともそいつを俺に近付けないで欲しい。


 もう魔法薬も得られると決まったのだし、言い方は悪いけど……俺は姫様に用がない。


 用済みである。


 何より面倒がヤバい。


 頑張って御家騒動を乗り越えて欲しいと思う。


 遠い村から姫様の安寧をお祈りしてます。


 今後のご活躍ご多幸をお祈りしております。


 そして出来れば王都云々は忘れてください。


 俺のことは忘れてください。


 そんな想いが通じたのか否か――――


 見張りを承った通路の先から、足音が響いてきた。


 マジか……来ちゃったかぁ。


 恐らくは粘土魔物だろう。


 幻の方の魔物や存在は、互いの領域を侵さないようにしているのだと、流石の俺でも分かっている。


 そこに割り込む存在を考えれば……自ずと答えを導き出せる。


 まだ仲間でもいたのかねぇ? 凝りもせずにノコノコと……。


 そんな面持ちで通路の先を警戒していると、不意に闇を切って現れたのは…………なんと悪いことに幼馴染の顔だった。


 しかし最悪の事態には至らない。


 そいつなら殴れるから。


 そいつの妹ならヤバかったけど。


 そんな幼馴染――――


「ええ?! レ――」


「わざとらしい」


 見飽きたレベルで手を上げるテッドに、いつかこうしてみたかったとばかりに鉄拳をお見舞いした。


 いやほら? 魔物だから……。


 ちなみにテッドが魔力に包まれていなかったことは確認済みであった。


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