第391話
粘土魔物よりも更に厄介なの来ちゃった……。
危険な遺跡の中で、更に危険だと思われるところを、なんでこいつは一人でウロウロしてんだよ?
不幸な事故によりノビてしまった幼馴染に、水魔法を使用した。
なんなら十年経つというのに一向に成長の兆しを見せないバケツ三杯の水がバシャリ。
失神しているテッドの顔の前で弾ける。
「うあ?! つ、冷たッ? な、なんだ?」
いやお前がなんだ?
「おはようテッド。気分はどうだ?」
「は? …………ああああ?! レン?! やったぜ! 本当に生きてたんだな?! クッソ! 良かった! ああちくしょう! ああ……良かった」
グスリと涙ぐむ幼馴染との間に温度差だ。
え? そんなに? むしろ死んだことになってたの?
思い返せば崖からダイブをキメていたなと納得だ。
そういや、そうだな……普通は死ぬよなぁ。
幾度となく落ちる経験が、むしろ滞空するのが異世界の普通なんじゃないかと思わせていた。
よく考えなくても奇跡の生還スペシャルで特集組まれちゃうレベル。
心配していたのだろう幼馴染の珍しい泣き顔に、殴っちゃって悪かったかなぁ……なんて想いも湧いてくる。
まあ昔からの所業で直ぐにマイナスに転落なんだけど。
こいつら泣き喚くテトラを餌に俺を誘き出したこともあるんだぜ? ゴブリンよりも鬼畜生な悪ガキだったよ。
そんなモンスターが今更ながらに顔の腫れに気付いて首を傾げる。
「あれ? なんか……顔が痛ぇ? うん? ……俺、レンに会って、それから……レンが殴ってきて……あれ?」
「落ち着けテッド。それは俺の偽物だ。この階層には人間に化ける魔物がいるみたいなんだ。知り合いそっくりに化けて奇襲してくるらしい。冷静に考えろよ、俺がそんなことするわけないだろ?」
「え、偽物?! そんな魔物がいるのか?」
「ああ。だから離れて行動しないようにしてるんだ」
後ろの方に居る白服集団を親指でクイッと差す。
分かったら単独行動は慎めよ?
俺の指先に釣られるように動いたテッドの視線が、休憩している白服を捉える。
「な、なんだあれ? 誰だ? なんでこの遺跡に……」
パッと見じゃ分からなくなっている騎士達に、テッドが困惑した声を出す。
……そう言われるとそうだよなぁ。
鎧装備は疎か、剣も違うというのだから……このうえ顔見知りでもない騎乗の人だった騎士をテッドが判別出来ないのも無理はない。
「あれ、騎士様達だからな? 失礼な言動は慎めよ」
マジで貴族って陰険根暗だから、後々ネチネチされること間違いないと思うよ?
「騎士?! ――そうか! 増援に来てくれたんだな! ……あれ? でもなんで俺達より先に居るんだ?」
まあ目的意識の違いだろ?
敵との戦闘を見据えた行軍と、接触を急務に捉えた行軍じゃ、装備や手段なんかは変わるだろうし……。
強いて言うんなら、隊長さんが凄いんじゃない?
そんなことより、だ。
「テッドはなんで一人なんだ? 確かアンやリーゼンロッテ様と一緒って聞いてたんだけど……」
「え? なんでそんなことも知ってるんだ? …………もしかしてお前、魔物か?」
うん。
実は実家の森で魔物やってます。
「だからあそこにいるのが騎士様なんだよ……。テッド達よりも後に出たから事情を知っててもおかしくないだろ?」
「あ、そうか。なるほどな」
納得したように頷くテッドの後ろからは、灯りは勿論のこと、足音一つ響いてこない。
どうやら完全に一人のようだ。
と、いうことは……テッドは一人でこの魔物が現れる階層を抜けてきたことになる。
「他の人達は……死んじゃったのか?」
気になるのは一点だ。
不意に早くなる鼓動を抑えながら、思い浮かべるのはただ一人。
テッドの様子からしても違うとは思うのだが……不安ばかりはどうしようもない。
ドキドキしている俺とは違い、テッドが驚いたように手を振った。
「え? バカ言うなよ! 全員生きてるさ! ……あー、たぶん?」
どっちなんだよ?
訝しげな表情を浮かべるこちらに対して、テッドが難しい顔で頭を掻く。
「話せば長くなるんだが……」
「手短に要点だけ纏めろ。もしかしてヤバいのか?」
「ヤバくはない……のか? 俺にもよく分からん。俺達は、誰一人欠けることなくこの階層まで降りてこれたんだ。それは間違いない」
「分からんってなんだよ、分からんって。分からないことないだろ? 一緒に行動してたんだから。なに? 置いてかれたの? 迷子なの?」
「バカ言うなよ! ちゃんと一緒に走ってたって! ただ……急にいなくなったんだ」
「いなくなった?」
……それを迷子と言わんかね?
「置いてかれたとかじゃないぞ? 俺の前をアンと騎士の一人が走ってたんだけど、この階層に入ったところで急に消えたんだ。俺、驚いてさ。後ろを振り向いてリーゼンロッテ様の指示を聞こうとしたんだけど……」
ああ〜……後ろも居なくなってたとかだろ?
「テッド。騎士様な? 騎士様。マジで気をつけろよ?」
後ろに見える白服が全員そうなんだからな? 誰か一人でも気を悪くしたら俺達なんて森の肥料にされちゃうんだからな?
煩わしそうに表情を歪ませるテッド。
「いいから聞けよ。いなくなってたんだよ、全員。アンも他の騎士も、リーゼンロッテ様も。降りてきた階段も無くなってて……いつの間にか、この先の通路に俺一人で居たんだ」
テッド……あなた迷子になったのよ。
「それを迷子と言わずしてなんて言うんだよ?」
「だから迷子じゃねえって! 消えたんだ! 急に! 全員! 俺も一人で見覚えのない所に居た! ……これはダンジョンで稀に見られるっていう『階層飛ばし』に似てるな、って思って、合流しようと通路を走ってたら――」
「――――それは誰だ? 何を話している?」
あーあー……テッドが大声出すから。
後ろから掛けられた聞き覚えのある声に体ごと振り向く。
振り向いた先には、何故か抜き身の剣を手にしているシュトレーゼンが立っていた。
いやいつも抜き身だな、そういえば……。
危険な遺跡にあってそれは当然の用心とも思えたが……。
振り向いた先に刃物を手にしたイケメンがいるとか普通に怖いんでやめて欲しい。
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