第389話


 能面のような表情になった大隊長と、剣を突き付けられているマトゥーザとかいう白服。


 しかし、もうそこに緊迫感などはなく……不気味な沈黙だけが落ちていた。


 どうやら姫様の言葉が図星のようだ。


 ……というか、姫様が上手いこと罠に嵌めたとも考えられる。


「さて……本物かどうかの審議も、どうやら必要なくなったようじゃの」


 姫様の言葉と共に、斥候隊が歩いていった先の道から灯りが近付いてきた。


 照らし出されているのは二人……能面となっている二人と同じ顔の二人。


「マトゥーザ! そして貴殿は……ヘクトール殿だな!」


 声を上げたのは副団長。


 先程の怪我人と入れ換わるように、前へと出てきての声掛けだ。


 声を掛けられた斥候隊の二人は、彫像のように動くことのない自分の姿をした何かに驚いている。


 しかしそこは経験の差なのか、逸早く状況を理解した大隊長が応える。


「そうです、自分は……いえ自分が! 本物のヘクトールです! 証明になるかは分かりませんが、突入の際に鎧を脱ぐ提案をしたのは自分です!」


 それはナイスな証明だろう。


 別の指揮系統である、しかも騎士団の誰よりも低位の貴族である大隊長からの提案を受けたという話は、想像にしにくいものだから。


「ふむ。真偽証明もされたようじゃな」


「魔法は使うなよ! 影響が姫殿下に及ぶ!」


 ああ……それで前に?


 さりとて『疑わしきも罰する』とした可能性もあった偽物騒動だけに、狭い通路内で魔法なんて放たれていたら……白服はともかく、俺は間違いなく巻き込まれていただろう。


 今や逃げ道を塞ぐ形となっている大隊長とマトゥーザとかいう人も。


 そこまでを見越しての行動だというのなら……なるほど、この姫様は賢いということになる。


 剣の所持者は多くなく、十本と持ち込まれていなかった。


 斥候隊で三本を消費しているので、残すところを持った王族守護兵が前に出てくる。


 勿論、その人員には指揮を取るシュトレーゼンも含まれているのだが……。


 先程の遣り取りにも拘らず、取り逃がさじと偽物の二人を目掛けて剣を構えていた。


 そこには遺恨を欠片も感じない。


 あとに引かない対応なのは流石なのだが……なんか厄介なことになったなぁ、とも思う。


 だって……諸々を考えると『何も思っていません』なんて態度はフリにしか思えないんだもの……。


 ……目を付けられないといいなぁ。


 大隊長とマトゥーザも剣を抜き、取り囲まれることになった偽物二人。


 未だに能面だが……その瞳だけがギョロギョロと取り囲まんとする人間を確認している。


 気持ち悪ッ?!


 鳥肌が立つような瞳の動きもそこそこに――――ドロッ、と二人の顔が溶けた。


 前の世界で有名な絵画にある『叫び』のモチーフみたいな魔物が現れる。


 目と口が奥まで覗くことの出来ないがらんどうで、体は人間をとしか思えない出来の悪い粘土細工のようだった。


 スルッ、と――その粘土魔物が壁から上へと這い上がる。


 意外に速いな?


「――――シッ!」


 逃さじとしたシュトレーゼンが逸早く斬り込んだ。


 その斬撃は間違いなく粘土魔物を捉えていた。


 しかし――――


 途端に粘土魔物が、体を二つに割って斬撃を躱した。


 完全に二つに分かれたわけではないようなのだが、それも見えないとなれば確認出来ないだろう。


 剣が壁に当たって跳ね返される。


 この壁は、例に漏れることなく信じられない程の硬さで、傷を与えるには生半可な攻撃じゃ無理である。


「躱された! 姫殿下を守れ!」


 シュトレーゼンが放ったその指示は、どうやら的を得ているようで……は、姫様を目指して天井を進んでいる。


 俺には魔力の塊が動いているのが在々と見えた。


 一度引くような反応を見せないのは、姫様を脅威と捉えたからだろうか?


 正面――は、無理だ、人が多い、なら――


 俺が飛び上がろうとして足に力を込めた瞬間に、大隊長が何かをぶち撒けた。


 それは斥候隊が持つ記録用のインクで――


 薄く広がった塗料が天井へと達する。


 幾分か落ちてきた塗料を気にすることなく、その意図に気付いた白服達が天井を注視した。


「――ここだ! 姫様を下げろ!」


「こちらへ!」


「突け! ――――いや投げろ!」


 グイッと引かれるがままに姫殿下がこちらへと押し出されてやってくる。


 相変わらず押し出されている時は憮然としたような表情の姫様が、中腰のまま固まる俺を見て眉根を寄せた。


 まるで『何やってんだお前?』みたいな?


 ……いや、これは俺がどうとかじゃなくて、大隊長さんがですね?


 天井に向かって投げられた剣の何本かが、ブスブスと


 それは壁の硬度を考えれば、何に当たったのかは言うまでもなく……。


「ヒアアァアァアアアアアアアアアアアアアアアアアア――――?!」


 耳の奥に響く甲高い鳴き声を上げて、粘土魔物がボタボタと落ちてくる。


 奇襲を得意とするのは、その攻撃力や防御力の低さのせいなのか……結構効いているようで落ちた先でウネウネと弱々しく動いている。


 跳ね返った剣を拾ったシュトレーゼンや白服が、トドメとばかりに粘土をバラバラにしていく。


 壁際に取り残される中腰野郎を他所に、魔物の討伐は無事に終了したようだった。


 コソコソと近付いてきた姫様が、チラリと横目に見てきて言った。


「今回は出番が無かったの?」


「あ、姫様。幻の真偽判別する方法が分かりました」


「遅いわ」


 全くもってその通りなので、俺は偽物のように沈黙を貫いた。


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