第388話


「一先ずこれで傷を癒やすが良い」


 おいぃ?!


 そう言って姫様が取り出したのは、半分ほど中身が消費された魔法薬の瓶だった。


 緑の光に当てられている白服は、回復魔法を使っている魔法使いのレベルが低いのか、もしくは毒でも混ざっていたのか顔色が悪いままだ。


 未だ帰還の目処が立たない現状で、傷を治せるというのならそうするべきだろう。


 でもそれ予約済みの品じゃない?


 いや人命が掛かってるって言うんなら否もないけどさ。


 渋い表情を浮かべる怪我をした白服が、姫様の持つ魔法薬の瓶を見て首を振る。


「なんの、これしき……。私は大丈夫です……それは、もしもの時のために……ご自身にお使いくだされ」


「実はもう一本ある。気兼ねするでない」


 チラリと流し見てくる姫様に頬の筋肉がピクつく。


 こ、この野郎……。


「…………かたじけない」


「うむ、重畳。さて……」


 観念したかのように頭を下げる白服に、納得の頷きを返した姫様が場を見渡す。


 そこには『いつでも行けます』と言わんばかりの白服の群れ。


 警戒したのか動きを止めている大隊長さんとマトゥーザはともかく、俺はどうしよう……?


 下手に動くことの出来ない状況で、姫様は俺の方を指差した。


 まさかのご指名である。


 白服の……気のせいか特にシュトレーゼンの眼圧が上がった。


 すわ、攻撃対象?! ――――なんて思いを他所に、姫様はなんでもないことのように宣った。


「あれは本物で、意識もハッキリしておるようじゃ。動きや反応からしても間違いない。――――レライト」


「はい」


 いや俺、姫様信じてたけどね? 言うて。


 ホッとした俺の間隙を付くように姫様が続ける。


「妾との約定を覚えておるか? 王都への来訪の折りには、必ず妾を尋ねるという――……む? もしや偽物……?」


「…………覚えておりますとも」


 それはズルい……いや約束したけども。


 踏み倒す予定だった予定だね?


 どうやら姫様の方は俺を信じてなかったみたいだ……傷付くよね?


 姫様の呟きに応じる魔力の高まりに、まさか首を振るわけにもいかず……。


 衆人環視の中で言質を取った詐欺師姫…?が、問題ないと言わんばかりの手振りを周りに示す。


「よい、本物である。問題は……」


 機嫌の良さそうな姫様に――しかしシュトレーゼンが待ったを掛けた。


「姫殿下。しかし念の為……『もしも』ということもございます。戦闘不能に陥らせるべきでしょう」


「……妾は既に『よい』と言うた。異論かの?」


「……進言にございます」


「要らぬ。そも王家伝来の魔道具が、魔物程度に遅れを取ることなどあり得ぬ話じゃ」


「御身の安全を考えればこそ――」


「くどい」


 いっそバッサリと切って捨てる姫様の声音は、聞いたことのないぐらい冷たいものだった。


 これには周りにいた他の王族守護兵も気にせずにはいられないのか……二人の遣り取りにチラチラと目を奪われている。


 状況に輪を掛けて雰囲気が悪い……。


「レライト」


 そんな渦中で俺の名前を呼ばないでくれないかなあ?


 気にした風もなく声を掛けてくる姫様の声は平時のものだった。


「状況を説明せよ。あれは偽物か?」


「この先に分岐があるのですが、そこで二手に別れました。私とそこで倒れている騎士様と、そちらの御二方のペアに分かれて。あまりにも長い通路が続いていたので、私とそこの騎士様は途中で引き返すことを決めました。分岐まで戻ってくると……そちらの御二方が既に待っていて…………この状況です」


「ふむ。操られているだけの本物か……もしくは偽物か」


 姫様の言葉を受けて、様子のおかしくなった二人に反応があった。


 ハッとした表情――まるで目を覚ましたと言わんばかりの表情になった大隊長が、剣を抜き、マトゥーザと呼ばれていた白服から距離を取ったのだ。


 剣先が向かうのは、今の今までを共にしていたマトゥーザだ。


「姫様、申し訳ございませんでした。魔物に操られていたヨうです」


「……ほう?」


 それは些か信用に欠ける言葉だろう。


 しかしながら大隊長の顔色は――――忸怩たるとでも言うべき表情に彩られていて……うっかりすると信じてしまいそうな気にさせる。


 姫様が納得したような頷きを見せたあとに――再び口を開いた。


「偽物だとしても……幻なのか、あるいは実体を伴った本物の魔物なのか……という可能性も出てきたのう。妾の言葉に反応したのじゃろ? 知性が感じられる。幻の可能性は、ちと薄まったか……」


 ……あっぶね。


 『ちょっと刺してみたら分かるんですけど?』なんてサイコな提案しなくて良かった……。


 そうか、地下にあった鎧甲冑パターンか。


 あれもそういえば残骸が残った。


 洞窟に屯する蝙蝠も。


 真正の魔物のパターンだ。


 だとしたら実体があるのも頷ける。


 万が一……というか先入観のままに、実体がある=「本物です!」なんて言おうものなら、俺も魔物の仲間にされていたかもしれない。


 姫様が大隊長へ向けてニヤリと微笑む。


「膠着を嫌ったか……だとすれば時間を掛けたくないと言うておるようなものじゃぞ? 本物がまだ生きておる可能性が、これでちと増したのう。妾達は待てば待つだけ、有利な立場に立てるようじゃ」


「姫様! 決してそのヨうなことは……!」


 悲痛な声を上げる大隊長に姫様が首を振る。


「仲間の振りをして近付き、パーティーに混乱と死を振り撒く魔物……そんなところじゃろ? 本来なら数人といったパーティーを相手にするのじゃろうが……予想に反した人数のせいで、馴れぬ寸劇までこなしておる。しかし性格までは真似れんらしい。殆ど付き合いのない妾でも、元来のヘクトールの対応とは違うと分かるぞ? ……話し掛けられてもおらんというに、妾相手に話を振るなぞ……」


 呆れたような表情を浮かべる姫様に、大隊長の顔から色が抜け落ちていく。


 ……どうやら化けの皮が剥がれたようだ。


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