第382話


 醜悪な顔に濁った瞳、尖った耳の先と緑色の皮膚が特徴と言えば特徴なモンスター。


 ゴブリンとアクティベートだ。


 確かに場所や状況からすると変じゃないんだけどね……?


 闇からヌルリと抜け出してきたゴブリンは、忍び装束とでも言えばいいのか……真っ黒な格好に如何にもな短刀を握っていた。


 意外というか順当というか……これまた『気配』が薄い存在である。


 しかもあの巨大ブタや三脚のカラスと比べても尚のことだと思える程にだ。


 こうして視界に入って来なければ……余程のこと近くじゃない限り気付けなかったんじゃなかろうか?


「魔――――!」


 ――――しかしそれは目視出来なければ、である。


 位置関係的にも近い俺の方へと――その忍者ゴブリンが、ゴブリンらしからぬ無駄の無い動きで襲撃してきた。


 始点の見えにくい短刀裁きで、一直線に喉元へと伸びていく刃――


「――フッ!」


 上半身だけ動かして短刀を避けると、腰の捻りを加えたカウンターをゴブリンの顔へと叩き込んだ。


 感触は皮膚と骨――――本物っぽいな?


 姫様との契約通り交戦してみる。


 そこに俺を選んだということは、恐らくはと言っていたのだろう。


 ここまで無手だったのだ、姫様も俺の戦闘方法が素手に特化していると思っていてもおかしくない。


 ……まあ、腰にナイフがあるんですけどね。


 頑丈じゃないから壊したくないという事情は伝えたことなかったなぁ。


 首が折れたのではないかという程に仰け反ったゴブリンに更に追撃を加えようとして――――見た。


 フイッ、と一瞬でゴブリンが消えるのを。


「……消えましたよね?」


 ゴブリンの出現に素早く声を上げていたシュトレーゼンへと、『今の見た?』とばかりに確認の声を入れる。


「…………うむ。消えたように見えたが……?」


 さすがに魔物が出現したとなれば呑気に話を続けるわけにもいかないのか、そこからまだ湧いてくるとばかりに闇を見つめるシュトレーゼン。


 警戒心からか魔力が逸っている。


 予定にない……また索敵にも引っ掛からなかった戦闘なのでしょうがないだろう。


 とはいえ姫様の要望通りだ。


 魔物と一戦交えることが出来た。


 見た目、触った感触、その後の消失――――


 限りなく本物っぽいのに、間違いなく幻……といったあやふやな結論しか出ないけど。


 しかも見たことないゴブリンだった。


 その格好からしたらむしろ詳しいまであるんだが……どうにも場にそぐわない。


 でも……うん……?


 どうにもなんか引っ掛かるな……。


 めちゃくちゃ速く動いた可能性も考慮して両強化を三倍に引き上げるが――――結果は伴わず。


 完全に消失している。


 やっぱり消えてるよなぁ……?


「…………おい。何か落ちているぞ?」


 どこかに隠れ潜んでいるんじゃないかと必死に生き物の気配を探る俺に、周囲を警戒するように照らしていたシュトレーゼンが声を掛けてきた。


 視線は下――――俺の足元へと向けられている。


 釣られるように目を向ければ、明かりに光る丸い何かが落ちていた。


 …………見た目で言えば…………十円、かな?


 ジャラっと十数枚ぐらいの銅貨がバラ撒かれている。


 最初からあったかと言われれば…………全く分からない。 


 しかしこれだけ警戒していたことから考えても、今の今まで無かったように思える。


 原因は直ぐに思い付いた。


 出現と同時に消えた存在を思えば―――― 



 あ。



 ふと感じていた疑問がピタリと嵌ったような答えを見つける。


 これあれだ。


 凄いダンジョンっぽい。


 しかしそれは、こちらの世界ではなく――――あちらの世界にあったゲームの中での、という意味でだ。


 しかも随分と昔の……。


「まだ近くにいると思うか?」


 再び話し掛けてきたシュトレーゼンに意識を引き戻される。


「いえ……さっきのゴブリンなら、って意味ですが……」


「同じ意見だ。……もしや先程の鳥の魔物も、こういう風に消えていたのか? 燃え尽きたわけじゃなく」


 ……その可能性が高いと思う。


 あれだけの火力と、更にはバラバラにせんとばかりの飛礫に晒されていたので、消える瞬間を確認出来なかったのも仕方ないといえば仕方ないように思える……。


 なにせ消えるのは一瞬で、跡形もないのだから。


「でも……こんなの無かったですよね?」


「……それは何なんだ?」


 一つ拾い上げた銅貨は……重さといい硬さといい、まんま十円である。


 数字は入ってないから、こちらの世界風に言えば『銅貨』なんだろうけど……。


 こちらの世界の貨幣とマッチしない。


 こちらの世界の貨幣は、装飾を良しとしていないのかシンプルである。


 銅棒、銀板、金針の三種類。


 大きさもそれぞれ――人差し指サイズの銅棒に、銀行のカードぐらいの銀板、小指の長さぐらいだが指に比べるとやや細い金針となっている。


 これは、恐らくだが……だろう。


 …………なんでそんなのが落ちるドロップするの?


 使い所もないと思うんだけど……。


 よもやこれも幻ではと拾い上げたところ……しかしやっぱり感触は本物っぽいのだ。


 …………もうよく分からん! 本当になんの施設なの、ここ?!


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る