第380話
「……おかしいですな?」
魔法という存在が?
「そうじゃのう……」
眉間に皺を寄せて呟いた副団長の言葉に姫様が頷く。
確かにおかしいと言えばおかしい。
でもそれはきっと意味が違うんだ。
平民からしたら『これもう個人が所有したら駄目な力じゃね?』っていうおかしさなのだが、貴族からしたら……どうせ『あれ? 思ったより威力が出なかったな? お前ら稽古サボってたんじゃね?』っていうおかしさなんだ。
立場が違えば物の見方すら変わるん――
「遺骸が残っておりませんな。消し炭になったところで……その炭すら残ってないというのはどうも……」
「そもそも肉片どころか血すら消失しておる。よもや……魔物も幻じゃったか?」
……うんまあ、俺もそう思っていたとも。
早速魔物の痕跡が残ってやしないかとT字路を調べることになった。
一定の範囲が明るくなるという便利な魔道具で、広くなっている空間を各員で隅々まで見回る。
各通路に繋がる部分に見張りを配置して、休憩のような
血痕一つ見当たらない。
それどころか床や壁が頑丈過ぎて傷跡一つ無い。
さすがにこれはおかし過ぎるだろという共通認識の元――
「さて」
二択に腕を組む姫様がいた。
「通路まで届いた魔物もいたそうなのですが……短剣で処理した騎士が言うには確かな手応えがあったということです」
「……ふむ」
白服の報告を纏めた副団長が姫様へと告げる。
これに姫様がチラリと俺の方を見てきた。
恐らくは……あの鎧甲冑のことを聞きたいのだろう。
あれは倒した後に鎧や残骸が残ったもんな。
中身は空だったけど。
肯定の意味を含んだ僅かな頷きを返すと、姫様は視線を戻し、またも三叉路の先を見つめ直した。
中身の無い実体に、実体のような幻……そして幻のように消えるのに実体のある魔物。
この遺跡の危険度は思うより高いのかもしれない。
それでも最低限の安心感を抱けたのは『通路は安全』という認識があったからだ。
勿論、それはこっちが勝手にそう思っていただけなのだが、危険性は増したように思える。
これには俺も『意外だ……』という思いを禁じ得ない。
なんか……危険って言ったところで使い方を知らないからであって、住んでる本人にとっては危険でもなんでもない所なんじゃないの? なんて思っていたからさあ……。
鑑賞用としてドラゴン飼育とかしちゃうのだ。
日本人なんてものは人一倍TPO(空気読め)を求めるくせに、知らず知らずやらかしちゃう種族だから。
なんせ『押すなよ?』と『なんかやっちゃいました?』で意味が通じる。
普通に考えたら……うんまあ、クソ野郎だよね。
あれ? 仕方なく思えてきたよ、この遺跡……。
「しかし倒せば消えるか……。よし、わかった。こちらから行こう」
ある程度の考えが纏まったのか、姫様は左に折れる道を――より中心地へと近付く道を選んだ。
それに誰もが理由を問わず。
副団長が後詰めの白服を指揮し始めたので、斥候役は前へ――
「レライト」
――行こうとしたのだが、クイクイッと指を曲げながら『こちらへ来い』をする姫様に足を止めた。
……なんだろう? あんまり親しくしないで欲しいな、別に友達じゃないんだし……。
――なんて、友達がいない奴の常套句のような事を考えながら大人しく応じる。
なんせ周りからの目がある。
知ってる? 村人は世間体が一番なんだよ。
「何かご用事でしょうか?」
白服さん達の視線もある手前、姫様の前で片膝を着く。
ナイショ話でもしたいのか、姫様は俺の耳元へと口を寄せてきた。
……シュトレーゼンさんの視線が痛くなった気がする。
「交戦してみよ。……あれと同じかどうか確かめるのじゃ。……出来るのなら生け捕りが望ましい」
やだよ。
「……姫様。斥候の役割というのは――」
やんわりと断ろうとする俺に、姫様が魔法薬の瓶を取り出して言った。
「先払いしよう」
「御心のままに」
そんな、上司の命令に逆らうわけないじゃないですか!
……でもいいの? たぶんだけど、それは俺にとって結構美味しい交換条件だよ?
魔物の程度で言えば、そんなに苦戦しないように思えるし……。
それだけ姫様は魔物の正体を重く見ているということだろうか?
なんにせよ俺にとっては美味しい。
魔法薬さえ貰えれば、あとは村の人達と兵役を全うして帰ればいいんだし……。
姫様の護衛とも合流した今、残る懸念点は何故か先行隊に編入されている幼馴染共だけだ。
周りからは何らかの励ましか命令か、とにかくお言葉を賜わったように見えるだろう一幕。
それも俺が姫様から王家由来の魔道具を借り受けているからと聞けば不自然じゃないだろう。
恭しく胸に手を当てて、主より指命を賜わった従者を演じる。
その実は物欲しさの裏取引なのだが……現実ってのは往々にしてそんなもんなのかもね。
姫様の頷きを確認して、先行するべく場をあとにする俺――――
「待て。私も行こう」
――――に、声を掛ける騎士が一人。
貴公子然とした金髪に甘いマスク……青い瞳に何かを燃やしているシュトレーゼン様である。
誰かから借り受けたのか、キラリと光る雅な装飾の短剣を手に、腰には短杖というフル装備で近寄ってきた。
え、やだよ……後ろも気をつけなきゃいけなくなるじゃん。
俺の視線は、明かりに照らされてギラギラと光る短剣へと向けられていた。
恋する男コワイ。
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