第379話


 反対側の通路の先にいたのは鳥だった。


 見た感じは黒くて……カラスに似ている。


 大きさもそれぐらいだ。


 ただし複数。


 同じような広い空間に、何十というカラスに似た魔物が群れを為している。


 違いは一つ目であることと、足が三本あることだろうか……。


 これはこれで厄介そうである。


 どちらがいいかと言われたら困るのだが……強いて言うならブタかなあ?


 一匹だし、さすがに両強化の三倍を使用すれば負けないと思う。


 二倍でもイケると思うのだが……あの巨体だ、用心するに越したことはない。


 初手全力は常識でしょ?


 小手調べならともかく、主人公覚醒を促すような適度な刺激は危険な長物なんだよ、俺知ってんんだよ。


 何故か思考が悪役側に傾いているのは置いといて。


 まあ、結論は偉い人が出すだろう。


 同じように斥候をこなして報告したところ、姫様の決断は……。


「うむ。では――――このまま進むとしよう」


 鳥だった。


 ただ、この結論に異論が無さそうなのは、白服の方々のキビキビとした動きからも分かった。


 あれぇ? 鳥の方が面倒そうじゃない?


 疑問を顔に浮かべながら戦闘準備する白服の人達を眺めていると、溜め息をつかんばかりの……というか溜め息を吐いた姫様が話し掛けてきた。


「お主……一匹の方が楽などと考えてはないか?」


 戦闘するとなったなら用済みの斥候なので、護られる立場にある姫様の近くまで下げられた結果のお声掛けである。


 更に後ろからの奇襲に備えた白服さんもいるので、これ以上ない安全ポイントで安穏としていた。


 それぞれの役割分担中なので隣り合わせで喋るぐらいなら聞こえなさそうではある。


「知っているのか、姫様?」


 ぶっちゃけ暇なので話に乗った。


「……」


 直ぐに返ってくるジト目が冷たいこと冷たいこと……その白さといい冷たさといい、これがツンデレというやつだろう。


 初体験だからよく知らないけど。


 ……おかしいな? 異世界じゃ通じないネタの筈なのに……あ、ははーん? さては転生経験があるな?


 ある程度の圧を俺に与えた姫様は、満足したのか飽きたのか、再び溜め息を一つ吐き出して仕切り直した。


「青い血の血統は魔力濃度が高い」


 ここで血糖が高いとか言い出したら怒られるのかな?


「故に貴族階級の者は殆どが魔法使いに至る。幾代と続く貴族ならば、より強力な魔法使いを生み出すこともあろう。市井に交じる魔法持ちや魔法使いは、過去に廃嫡になった貴族の血が元となったという話もある程じゃ。まあ、平民と交わったことで血が薄くなったとも言われておるがの。ここで重要なのは、血の濃い魔法使いの方じゃ。魔力濃度が高い魔法使いならば、使用する魔法の回数や威力だけでなく……その範囲も広くなる。要は数の利が効かぬ。故に相手としてより手強いと思えるのは、数よりも質を備えた相手となるのじゃ」


 あー……なるほど。


 うちのドゥブル爺さんもその口だ。


 まあドゥブル爺さんは市井の魔法使いだけどね。


「お主ならば数も質も物ともせぬからの。どうせ一匹の方が楽とでも思っておったのじゃろ?」


「そんなまさか……。私ならば黒い鳥の一匹すら危ういだろうと考えた結果ですよ」


「ふん。ついでじゃ。勉強になるやもしれぬ。付いて参れ」


「お断りします」


 ジト目と見つめ合ってニッコリ。


 斥候が前線に付いていくとかあり得ないよね?


 バチバチとお互いの視線で火花を散らしていると、ロリコ……シュトレーゼンとかいう白服が近寄ってきた。


「姫殿下。準備が整いましたので、念の為に――」


「ちょうど良い。シュトレーゼン、……それとレライトとやら。前線を見学する。供を許そう、付いて参れ」


「ハッ!」


 そこは止めたりするのが近衛の役目なんじゃないの?


 ヒクヒクと口元が痙攣するのを感じながら、性悪姫の後に続いた。


 まさか近付いてきたロリコン……ではなくシュトレーゼンの前で断わるわけにもいかず。


 渋々としながら姫様、シュトレーゼン、次いで俺という並びで白服を掻き分けていく。


「……姫殿下」


 最前線で指揮を取っていた副団長が、頭が痛そうな声を出した。


 既に詠唱を終えているのか、体の中の魔力は魔法に換えられる寸前といった様子だった。


 六人程が横並びに三列。


 それぞれが魔法を使える段階にある。


「許せ。貴公らの実力を確かめる必要があろう? 妾の安全のためにもじゃ」


「無用な心配ですな。我等『貴き光の恩寵騎士団ルミナス』、何もリーゼンロッテ様だけが戦力ではありませぬ」


 挑発とも言える姫様の態度に、しかし大人な対応をする副団長。


 溜め息を飲み込んで振り返った副団長は――――掌に魔力を集中させた。


「――『火の玉ファイヤーボール』」


 最後の詠唱を唱え終えた副団長の掌から、一抱えはありそうな火球が生じて飛んでいく。


 次いで前線にいる杖を構えた白服が、似たような大きさの火球を追い撃ちする。


 合計で七つの火球が通路の先にあった広い空間の真ん中に着弾した。


 接地した瞬間に火の柱が立ち昇り、四方へと炎が広がる。


 幾重にも重なる火の柱は、その範囲を段々と広げていく。


 ハッキリと照らし出された空間から、焼けた空気が押し出されてくる。


 熱風が頬を撫でていく。


 これは……握り拳ぐらいの火晶石よりも………。


 咄嗟に思い浮かんだのは冒険者の切り札とも呼べる異世界手榴弾火晶石だ。


 未だ消えやらぬ炎からすると、影響力はこちらの方が高そうな気もする。


 攻城戦に火晶石じゃなく魔法を用いたのも分かるというものだ。


 ――――しかし魔物もさる者。


 焼け焦げる体に炎を纏わせたまま、炎塊から突き抜けてきた。


 ……殺意高くね?


「――――次弾!」


 しかし予想をしていたのか、今度は二列目に並んだ『土』の魔法使いが副団長の合図に魔法を放つ。


 今度は小石程の飛礫が、しかしこちらは数も多しと飛んでいった。


 抜け出てきたファイヤーカラスを無数の飛礫がハチの巣にしていく――


 ただの石とは違うのか、その速度も硬さも自然のものとは思えない。


 更には――引火したのか燃える飛礫となった石の群れがマシンガンよろしく空間を蹂躙する。


 着弾点から散弾のように飛び散る様は回避が出来ないように見えた。


 飛び散る血すら焼け焦げる空間で、鉛玉レベルの飛礫が所狭しと駆け回っている――


 …………どこの地獄かな?


 まだ三列目を残しているというのに、炎が晴れた空間からは魔物の気配が消失していた。


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