第378話


「フシュルルルルゥ……フシュルルルルルルル――」


「……」


「……」


 曲がり角の先に立つブタ顔の紳士を認めてから、物音を立てないように顔を引っ込めた。


 比喩とかじゃなく本当にブタの顔をしているのだ。


 ブタが二足歩行で歩いている……。


 オークだ。


 ただし通り一遍のオークとは違い、暗闇の中であっても薄く光を発する鎧に包まれ――肩には金属の輝きを有する槍を乗せている。


 武装オークだ。


 …………フラグ回収、早ない?


 しかも建設業者と回収業者に分かれるという利益差分に喧嘩別れ必至の案件ですよ。


 村では狩りをやっているからという理由で斥候を任されて…………一分。


 早々のエンカウントにどうしたものかと頭を悩ませている。


 ……通路には魔物が出ないという話だったじゃないか?!


 強化された視力が、血走った目と溢れ出ている涎まで捉えていた。


 まさか和解が叶うとは思わない。


 ……ていうか食料とかあるのかな? 飢餓でバーサクってない?


 鼻息も荒く通路の分岐点を監視するように立つオークを残して暗闇に溶け込む白服集団へと戻った。


「妾のせいではない」


 …………まだ何も言ってませんが?


 状況が分かっているのか小声なのはいいのだが、次から言霊というものを理解して貰えれば幸いである。


 いやあるんだよ、世の中にはそういう理不尽が。


 通路を三度ほど曲がった一本道で、索敵に引っ掛かりがあるからと足を止めて貰っていた次第だ。


 シリアスな雰囲気で……ミステリーで予期せぬ被害者を出してしまった人のようなことを言う姫様に、シュトレーゼンが追従する。


「勿論です。どうぞご安心を。たかが魔物の一匹、我々が斬り捨てて姫殿下の道をお作りしましょう」


 ……その一匹が問題なんですよ。


「それで? どういう魔物が居ったのだ?」


 続く副団長の言葉に、闇の中に捉えた映像を思い出しながら答える。


「オークですね。鎧と槍で武装しているのが珍しいっちゃ珍しいのかな? 鎧が発光してたので魔法の掛かった一品かもしれません。とすると槍の方も……」


「魔武具装備のオークか……しかし一匹なら確かに、大した問題ではないな」


「ただちょっと大きいですね」


 …………四メートルぐらいかなぁ?


 こちらの通路に入るには少しばかりダイエットする必要があるよねー。


「大きい? 亜種か、もしくは突然変異体か? しかしオークというのは大抵が巨体であるが? ……どの程度なのだ?」


 気まずげに笑う俺に、『少し』ではない大きさだと悟った副団長が問い掛けてくる。


 とりあえず分岐があることと、その空間だけ広いこと……その広さに合わせたような巨体のオークがいることを報告した。


 ちょっと縮尺バグってるよね?


 そんな感じ。


「我々の身長の二倍から三倍か……」


 深刻な呟きを発した副団長に頷く。


「それだけの巨体とあらば動きも遅いのでは?」


「すり抜けて進むか……」


「いや、脅威の排除をしてからだろう? 姫殿下に万が一があってはいかん」


 喧々諤々と意見が交わされる。


 上層と比べれば狭くなった通路だが、それでも三人ぐらいが擦れ違える程の横幅がある。


 しかし横幅に合わせているのか高さはそれ程でもない。


 この圧迫感というか五、六人の一パーティーが進める程度の狭さも、どこかダンジョンめいて思える。



 ――――感知出来る範囲に生き物の反応があることもそう……。



 ただ…………それにしてはやや奇妙な感じ方なのだ。


 強化魔法で拡張される感覚から相手を感じ取っているだけの俺の索敵結界は、いわゆる『気配』的なものじゃなくて、熱や空気の動きといった生物の反応を捉えている。


 それは相手の体温や呼吸、なんなら心臓の音にまで波及するのだが……。


 その中の幾つかに反応が無い。


 だからわざわざ時間を取って貰い、この目で確認しに行ったというのもある。


 呼吸や対象が動く時に生じる空気の振動のようなものはあった。


 問題は熱反応や……音が無いことだろうか?


 体の外に関する音は、むしろうるさいぐらいにあった。


 肩当てと槍が接触している部分の金属音や、これでもかと言わんばかりの鼻息……。


 あれだけ近くに行けば、他の人でも聞こえてくるだろう音の大きさだった。


 なのに体から漏れ出る紫の光や心臓の鼓動のようなものは欠片も感じないのだ。


 特に魔力。


 あれの有る無しが魔物と動物の違いだと思っていただけに余計に違和感が際立った。


 まさか動物を主張するわけではあるまいね?


「ふむ。……一度戻って反対の道を行くとしよう」


 姫様のお言葉鶴の一声で方向転換。


 今度はエレベーター(過去の名残り)から右の通路を行くことになった。


 しかし……結界の範囲内では同じ結果が待っていると俺の感覚が告げている。


 それがオークなのかどうかは分からないのだが……。


 どうやらこの階層は魔物を倒さないことには進めないようになっているらしい。


 しかも規模はちょっとした街程の広さがあるという。


 …………ほんと、何を考えてこんなところを作ったんだろうな、あのジャージは。


 白服の一人一人が魔法使いというのだから、オークだって倒せないことはない。


 しかし速度優先の軽装備に武装している白服も僅かとあっては被害も出るだろう。


 ……なるべく安全な道を消耗少なく行きたいもんだね。


 ここに来て時間が掛かりそうな階層に当たってしまったものだ。


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