第375話
「それでは
「うむ」
そう言うと白服の人達は今更ながらに図書館の周りを警戒し始めた。
呑気か?
なんか、こういう……主従のお約束めいた問答に白けてしまうのは、前世の知識があるからなのかもしれないなぁ。
……いや、わかる、わかってるよ?
こういう形式ばったものが必要だってことは。
それこそメールやSNSが発達した俺が死ぬ前にいた日本でも時候の挨拶や成人式なんかは無くならなかったわけだし。
一時期流行ったクールビズ、しかし面接にスーツは無くなりようがない就活事情である。
能力とやる気があろうと、しっかりとアイロンを掛けたシャツにスーツとネクタイをキメて革靴じゃなきゃ勝てないのが面接戦線。
これが最低条件だから。
実は凄い律儀で使える人材でも、ノータイ、ましてや普段着なんて来ようものならば「そんな装備で大丈夫か?」が業界の常識。
たとえ一日務めただけで退職代行サービスを使うような奴でも、スーツだと受かっちゃう社会の不思議である。
必要なんだよ、人間には様式美が。
そんな納得で、視線鋭く周りの警戒を始めた白服共を眺める。
「棚には触れるでないぞ。何があるか解らぬ、重々に気をつけよ」
途端に体積を増した白服空間に、姫様も気をつけろと忠告を入れる。
上の階でもあったのだが、注意してても完璧な統制って割と難しい。
「「ハッ!」」
しかしそこはそれ。
絶対権力者から忠義の騎士への言葉となれば、また変わるのかもしれない。
あくまで本棚には近過ぎない警戒網を構築していた。
これに安心したように視線を外したのは――――どうやら俺だけじゃなかったようで……。
ふと視線が動いたタイミングで大隊長さんと目が合った。
直ぐに離れていったから何というわけではないが……。
どうやら向こうさんも、この図書館の威容に警戒していたらしい。
「姫殿下。この扉の向こうは縦穴となっておりまして、非常に都合の良いことに既に頑丈なロープが張られております。恐らくはこの遺跡の者も、このロープを使って昇降をしていたと思われるのですが……」
「そうか。……何か遺跡の技術と合わぬ作りにも思えるが……?」
白服が警備にあたる中、姫様がエレベーターの説明を受けている。
どうやらここが最下層であるようで……これより下がないのは姫様がエレベーター内に踏み入ったことからも明らかだった。
「なんぞデコボコしておるのう……これはなんじゃ?」
「姫殿下、あまり触られるのは……」
既に白服が詰まっていたことから、室内の物は安全だと判断したのか姫様が好奇心を全開にされている。
……下手すればペッチャンコになっちゃう場所だというのにねえ?
げに恐ろしきは人の無知と言ったところか。
電源が回復して誰かが昇降ボタン押す前にはよ登りなさい。
暫く白服集団と姫様達から離れたところで遣り取りを見物していると、機を見計らっていた副団長が言った。
「それでは姫殿下。失礼ですが私にお掴まりください。念の為、複数の騎士と縄で結ばれるご無礼を――」
「ああ、要らぬ」
「……姫殿下?」
それは困っているような嗜めるような響きを伴った呼び掛けだったが……。
マイペースを極める姫様は、トコトコをエレベーターの中を出て……白服の警戒網の中を歩き……俺の目の前へと――
「姫様」
「うむ。善きに計らえ」
ちげえよ、『待ってました』でも『任せてください』でもねえよ。
これは『話が違うでしょ?』って言ってるんだよ? あれれ? 唐突に空気が読めなくなっちゃったのかな?
如何にも『早く持ち上げよ』と両手を広げる姫様に汗だ。
しかも濁流。
白服さん達の視線が実体でも持ってるんじゃないかと突き刺さる。
イテテ、もう立ち上がれないね?
「姫殿下……」
姫様の後ろを付いてきた副団長が困ったような声を上げた。
わかるぅ、俺もそんな感じ。
両手を広げ待つ姫様に、片膝を着いて頭を垂れる俺。
やんわりとしたお断りを固辞する。
しかし小悪魔はやらしく笑みを浮かべると共に小声で言った。
「……約束は、地上までであったな?」
絶対にいい死に方は出来ないからな?! 保証するぞ!
「姫様。それでは失礼しまして……」
「うむ。善きに計らえ」
焼き直される言葉に今度は応えて、姫様を片腕に抱き立ち上がる。
晒される視線の集中砲火に落艦寸前である。
「姫殿下、そのような……」
「構わぬ。ここまでこうして上がってきた。未だ王家由来の魔道具は効力を発揮しておる。此奴に身を任せる方が安全じゃろう。うぬらは身辺警護を務めよ。それが本来の役目ゆえ、期待しておるぞ」
「「ハッ!」」
副団長の小言を封殺して姫様が言い渡すと、近衛兵を中心としていい返事が返ってきた。
あの、ここまでこうしてとかバラさないでくれます?
これどうにか出来るんですよね? 信じていいんですよね?
遠くなりつつある俺のスローライフに目を掠めていると、何を勘違いしたのか姫様がまたも小声で言ってきた。
「どうやらアンとやらは、お主の『気配』を追っているようじゃぞ? 妾ではなくの。であれば、ここで探しに行くよりも上を目指した方が結果的に無事を伝えることになろう。……お主がここで抜けるよりも、の?」
「私には高貴な方の考えは理解出来ませぬゆえ……まさかそのようなことは微塵も考えておりませなんだ」
「そうか。随分と離れておったからのう……機を見て離脱でもするのではないかと思ったのじゃが?」
まさかそんな!
「妾達は遺跡の内部をよく知らぬ。地図もない。逸るでないぞ」
子供ながらに威厳を漂わせる姫様の言葉に、俺は渋々といった顔で頷いた。
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