第374話 *アン視点


「たぶん俺かリーゼンロッテ様が最後に気絶したと思うんですけど……リーゼンロッテ様の、あの凄い一撃の後で、敵も随分と消耗しているように見えました。そこに俺が魔法を加えたのは覚えてますか?」


「……はい。あの炎の柱ですね? 剣を飛ばされてしまったことで少しばかり気を抜いてしまっていたのですが……その、熱かったので……」


「ご、ごめんなさい! でも、あの、その、あまりにも敵が近くにいたからなんです?! 違うんだ! 俺は別にリーゼンロッテ様を巻き込もうとしたわけじゃ……」


「わかってます、わかってますよ、テッド。戦場なのです。仕方ないことでした。むしろ咄嗟に動けなかった私の方が不甲斐ないのです……」


「そんなことない! ……あ、です。そんなことない、です。あの……それで、その時に魔力を急激に減らしてしまって、俺は倒れました。リーゼンロッテ様は?」


「私は…………私も、その辺りで気が遠くなったので、恐らくは」


「その時にアンがリーゼンロッテ様の剣を拾おうと走ってたんですけど……」


「言っていなかったことなのですが……聖剣は私以外を受け入れません。もし拾っていたのなら、その身を焼かれる結果となったでしょう。こうしてアンが無事でいるということは、恐らくは剣を拾うには至れなかったのだと思います。私としては良かったとしか言えませんけれど……」


「そっかー……。賊はもう一人いたから、たぶんそいつだ。俺の最後に放った魔法は、そんなに影響範囲が広くなかったから……」


「もう一人……魔力を吸えるという話でしたね? 私は感じられませんでしたが……」


「たぶん他の騎士様には分かったと思います。起きたら訊いてみましょう! それで誰かが何かを覚えてることもあるかもしれないし!」


「…………そうですね。今は、全員が無事であったことを喜びましょう」


 テッドとリーゼンロッテ様の会話をぼんやりとした気持ちで聞いていた。


 ニギニギと手を握ったり開いたりして、何も持っていない手の平に視線を落とす。


 ……持ってないよねぇ?


 リーゼンロッテ様の聖剣を借りて戦った気がするんだけど……。


 しかし聖剣はリーゼンロッテ様の手に収まっていて、あの出来事が夢のようにも思えてくる。


 現に何も残っていないのだ。


 殴り飛ばした賊も、振り降ろした確かな一撃すらも――――


 …………夢、だったのかなぁ?


 首を傾げながらも、疑問を確かめることはしない。


 ……だって怒られるかもしれないし。


 勝手に借りたなんて知れたら……そういうの泥棒と同じだってレンやターナーも言ってたもんね?


 テッドやチャノスが自宅から持ってきた装備や馬車で怒られていたことを思い出す。


 家の物だから泥棒じゃないと思ってたんだけど……たとえ自分の家の持ち物でも無許可はダメだって言われてたもん。


 前に参加した戦争では落ちていた剣を拾って戦うことがあったけど……冒険者の武器と国宝を一緒にしちゃいけない、ということはあたしにだって分かる。


 ……………………だ、黙ってよう〜。


 今更ながらに流れてきた汗を拭きつつ、リーゼンロッテ様の聖剣の光に照らされている騎士様達を眺めた。


 先に起きていたらしいテッドやリーゼンロッテ様が集めたんだろう騎士様達は、介抱されたのか並べられている。


 眠っているようにも見えるけど……ピクリとも身じろぎしない姿は不安を覚える。


「…………死んでない、よね?」


 ついつい不吉な予感が口を衝く。


 答えてくれたのはテッドだ。


「ああ。ただの魔力切れさ。でも……魔力って直ぐに回復するわけじゃないから、目覚めるのに時間が掛かるかもなあ」


「え? でも、テッド……」


 既に起き出している、恐らくは魔力を振り絞って魔法を使ってくれた幼馴染を見る。


 直ぐに疑問に気付いてくれたのか、テッドがなんでもないことのように言う。


「俺か? 俺は魔力の回復が早いらしいぞ? 師匠が言うにはだけど。前に戦争に参加したことあっただろ? その時だって、同じ魔力切れのグループの中でも一番早く目が覚めたんだ。昼頃に魔力が半分を下回っても、夕方になればまた魔法を使えるぐらいには回復するかな? 寝たらもっと早いぜ? まあ、戦ってる最中に寝たりなんて出来ないけど」


 朗らかな口調で言うテッドだったが……それはとんでもなく凄いことなんじゃない?


 ほら、リーゼンロッテ様もビックリしてるよ?


「そうなのですか……? それはとても稀有な能力ですよ。貴族の中でも、持ち得るのは数人ぐらいでしょう」


「そうなんですか? でも……純粋に魔力量が多い方が良くないですか? ……俺はそっちの方がいいと思うなー。チャノス……って覚えてます? 俺達と一緒にいた髪の青い男なんですけど。そいつの方が俺より魔力量が多いっぽくて、魔法を使える回数が多いんですよ。俺も魔力量が多かったらな〜、って思うことがよくありました。修行してると特に」


「……一長一短でしょうか? 私も魔力量は多い方なのですけれど……」


「絶対にそっちの方がいいです! その方が長く戦えるし、長く修行も出来るじゃないですか!」


 そうだったんだぁ……一緒に冒険してるけど、知らないことは割とあるんだなぁ。


 そう言われると……チャノスは確かに魔法を使える回数がテッドより多かった。


 それで斥候部隊に任命されるぐらいには水を生み出せた筈だ。


 他の『水』の魔法持ちよりも、チャノスの方が遥かに水を出せたもんね? それこそ魔法使いって言われてもおかしくないぐらいに……。


 もしかしてあたし達って凄いパーティーだったのかも? とテッドやチャノスの、他の魔法持ちとの違いに目を向けていたあたしを置いて、リーゼンロッテ様と魔力談議を続けていたテッドが、ふと思い付いたように言った。


「――――あ。リーゼンロッテ様、それでこのあとは? どうされるんですか?」


 その問い掛けに、あたしの意識も引き戻される。


 正直、消耗は大きかった。


 でも一息つけたという思いも確かにあった。


 現にテッドもリーゼンロッテ様も、何故かように思えるし……。


「うぅ……」


 まだ目覚める筈のない騎士様が呻き声を上げた。


 テッドの問い掛けに頷いたリーゼンロッテ様が口を開く――


「――無論、下へ。私達はこのまま姫殿下の救助を続行します」


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