第373話 *アン視点


「――――ン! アン! 大丈夫か?! 聞こえるか?!」


 …………テッドの声だあ。


「……待って、待っててぇ。もう少し……したら、起きる……からぁ……。先に、レン……」


「……良かった! 寝てるだけみたいだ……驚かせるなよ」


「いえ、この状況で眠っているだけというのは充分におかしな事でしょう?」


 知らない…………女の子の声だ!


 早々に覚醒した意識と共に、目を見開いた。


 腕を押す要領でガバっと上半身を起こし、知らない女の子の声のした方へと顔を向ける。


 チャノスの家の商品の護衛で街に行くと、テッドは度々声を掛けられることがある。


 冒険者関連の話だと直ぐに釣られてしまうあたしの想い人は、目的が『お話』じゃないことにも気付かずに連れて行かれそうになることがよくある。


 酒場は酒場だけど……も出来る酒場っておかしいでしょ?!


「もう! テッド!」


「お? 元気そうだな? やっぱり寝てただけですよ、リーゼンロッテ様」


「いえ、ですから、眠っていること自体が……」


 あたしの視界には、持ち前の明るさを発揮するテッドの笑顔と――――困ったような表情をする金髪の美人さんの顔が映った。


 ……あれ? リー…………リーゼンロッテ様だ?!


 目も眩むような美貌を寝起きに直視してしまい、咄嗟に目を押さえてしまう。


 なんだっけ?! あ、そうだ!


「目が……目があ……」


「?! 視覚に異常があるのですか?!」


「あ、いや、これうちの村の俺達の間だけで流行ってる冗談なんです。レン……レライトがよくこういうこと言うんですよ。おかしい奴でしょ?」


「……アン。冗談は時と場合を選ぶべきです」


 あ、これは怒ってるかも?


「エヘヘ……ごめんなさ……」


 不意に蘇ってきた記憶の中で、倒れ伏すリーゼンロッテ様とテッドを思い出した。


「テッドぉ?! リ、リーゼンロッテ様! 怪我は?! 大丈夫なんですか?!」


「…………これも冗談でしょうか?」


「これは単に心配してるだけです。落ち着けよアン。俺もリーゼンロッテ様も大丈夫だ。俺は魔力切れで倒れてただけだからな、回復したらなんてことねえよ」


 回復? ……そ、そうだ! 他の騎士様達は?! ボーマン様は?! キール様は?!


 混乱と焦りから立ち上がろうとするあたしの肩を、リーゼンロッテ様が押さえた。


「少し混乱しているようですね? 落ち着いて、アン。私達は大丈夫です。私も、他の騎士も。大丈夫……大丈夫ですよ?」


 そう言って微笑むリーゼンロッテ様の顔は、女のあたしでもドキドキさせてしまうもので……。


 落ち着かせたいのか興奮させたいのか、ちょっと分からないです。


 隣りにいるだけのテッドすら顔を赤くしているのだから、この人はもう少し自分の容姿を自覚するべきだと思う。


「あ、大丈夫です。落ち着きました。ありがとうございます」


「そ、そうですか? それならいいのですが……?」


 急にスンとなったあたしの表情に、リーゼンロッテ様の方が戸惑いを見せている。


 ゆっくりとだが肩から手を引いてくれた。


 ターナーの顔真似だよ! ……結構役に立つなあ。


 未だバクバクする心臓はともかく、表面上は落ち着いて見えるこの顔真似は、レンから覚えておくと便利と言われていた。


 そのあとでターナーに早足で追い掛けられてるレンがいたけど……。


 ふとターナーの気持ちを理解出来たあたしはテッドを一発叩いておいた。


「イテッ?! ……なんだよ?」


「いや、夢じゃないかな? って」


 いつまで顔を赤くしてるのかな? って。


「まだ寝ぼけてんのか? 仕方ないやつだなあ」


 叩かれた所を押さえながらも、嬉しそうに笑うテッドに……本当に少しずつだが落ち着きを取り戻してきた。


 そうだ、まずは……。


「――リーゼンロッテ様、賊はどうなりました?」


 テッドもリーゼンロッテ様も……そしてあたしも生きてるということは…………。


 しかし予想に反してリーゼンロッテ様は首を振る。


「わかりません……恐らくは私がいち早く目覚めたと思うのですが、目覚めた時には既に賊の姿は無く……こので…………」


 リーゼンロッテ様の視線に釣られて、未だ慣れない暗闇へと目を向けた。


 ……やっぱり真っ暗で見えないんだけど? どうしよう……。


 困っているあたしを見かねたリーゼンロッテ様が、微苦笑を浮かべてから、から光を発してくれた。



 ……………………この部屋って、こんなに広かったっけ?



 惨状だ。


 どういうことなのか、部屋は


 台座のあった周辺は残っているが……上半分、と言っていいのかどうか……。


 の部屋の天井が見えなくなっている。


 どこまで続いているのか……リーゼンロッテ様の剣から伸びる光だけでは照らし出せなかった。


 な、なにが? …………なんでえ?


 何処までも続く穴に、もしかして地上まで繋がっているのはでは? なんて錯覚してしまいそうになる。


「その驚きようからして……やはりアンも原因はわかりませんか……」


 リーゼンロッテ様の声に意識を引き戻さる。


 げん……いん…………?


 再び流れ込んできた記憶に、自分が戦っていたことを思い出した。


 ……そうだよ! あたし、あたし……?


 しかし手にしていた聖剣は、リーゼンロッテ様の手に収まっている。


 …………夢? 夢、なのかなぁ……?


 だとしたら何処からが夢で、何処からが現実だったんだろうか……。


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