第367話
もう疑いようもなく日本人が確定した男の子の幻影に、何処か親近感を覚える。
ああ――――俺だけじゃなかった。
それは魔女の話の時にも感じていたことだったが……。
実際に姿や声があるだけで随分と感じ方も変わってくるようだ。
道も分からなくなった異国の地で、ようやく同郷人を見つけた時のような……。
僅かに孤独が薄れるような感じさえした。
……本当に幻なんだよな? ここにいるわけじゃなく?
気の抜けるような笑みを浮かべている幻影の男の子の頬を叩く。
ぐっ、……
「……お主、何をしておる?」
「いや、一瞬だけ訳の分からない言葉を言った気がしたので、つい」
「うむ。古代語ではないようじゃったが……当時の言語かもしれん。…………壊れたわけではないと思うぞ? たぶんじゃが」
そういえば余人も居たな、と適当な御託を並べた俺の言い訳に姫様が納得の頷きを返した。
本当に精巧過ぎて……一瞬だけだが仲間がいるような気になったのだ。
俺と姫様のやり取りを見守るように沈黙していた幻男子が、再び口を開いた。
『…………よし。まずは状況の説明からするわ。これが再生されているということは……『ブレーカー』が落ちた状態ということだ。ブレーカーって言うのは動力源とでも思ってくれ。要は魔力切れだな、魔力切れ。同様の状態に本施設が陥ったと理解してくれればいい』
姫様が振り向いて、通路の上に設置された電灯を確認する。
「む。光晶石ではなかったか。しかしこれで、ここに足を踏み入れた時に光が点かなかった理由が判明したのう」
……今、ブレーカー落ちてんの?
なんで?
疑問の答えは幻影から齎された。
『ということは作動したか、制御室で問題があったってことなんだが……。事故か劣化か、はたまた故意か……。いま分かってることは、お前らが侵入者だってことだな。俺の許可無く、俺の家に入ってる奴らだってことだ』
「ば……違えって。ちょっと通り抜けさせて貰おうとしただけじゃん? ただの通行人ってだけだからして?」
「……妾達の本来の目的を忘れておらぬか?」
下手すれば断罪されそうな話の流れに、咄嗟の言い訳を漏らしていたのだが……。
被害者側とも言える幻影は、何処か気にした風もなく肩を竦めるだけだった。
『まあ、それはいいか。主要四国に隠して作ったから、見つかって査察って線も有り得るし。それか……実はめちゃくちゃ時間が経っていて、未来人が掘り起こしたって可能性もなくはないしな』
うん、ビンゴ。
「主要四国……というのは、今の我が国が出来る前にあった大国四つを指す言い方じゃ。その四つが統合されて、今の我が国がある」
姫様のフォローからも、これが随分と年経た遺跡だということが分かった。
『お前らが制御室を壊したか壊してないのかはともかくとして、今この施設の通電は無い状態にあるってことだ。……ってことは、施設の案内板が読めるってことなんだが……マグレもあるしなあ』
ポリポリと頬を掻いているこいつからは大した緊張感を感じないのだが……。
今、もしかして何か大事が起きてる感じ?
さっぱり思い当たることが……あ。
ピンときたのは姫様も同じだったようで、思わずお互いの顔を見合わせていた。
「先程の揺れかの?」
「……恐らくは」
今この遺跡に起きている異変について意見を交わす前に、幻影が続きを口にした。
『まあ、侵入者なんだ。十中八九、お前らの仕業だろ? そこで残念なお知らせなんだが……基本的な機能は確かに停止するんだろうけど、施設内の『ルーム』は別『電力』……いや別動力で動くように設計してあるから動き続けるぞ。……ここに来るまでに部屋を見てきたなら今更か』
いや一つも見てねえんだわ。
ごめんな? なんか裏口から入ったみたいで……。
「……動力源を潰しても無駄と言いたいみたいじゃな」
「ですね」
『もし『作動』させてる方なら下手に弄るのもお勧めしない。暑くなったり寒くなったり、重くなったり軽くなったりするからな。……凄くね? すげー苦労したんだよ』
「なんの話じゃ?」
「いやサッパリ?」
『これも今更かな? これが再生されてんなら、そういうことだって思うし。もし運良く発動させずにここまで来たって奴がいるんなら、さっさと逃げた方がいいって忠告しとく。訳分かんねえー、って思ってる奴は、出来るだけ遠くに逃げろって言ってるんだけど……伝わるかな? 俺こういう説明って得意じゃないからなー。上の格納庫に飛空艇があるから、それ使って逃げたら早いんじゃね?』
「こやつ、今とんでもないことを言わなかったか?」
「私は何も聞いてないし実は突発性健忘症を患ってまして忘れました」
『あ、船の名前は『風林火山』な? 横の壁には硬化を掛けてないから、飛び立つ時にぶち破って空に上がれると思うわ。この演出のために出立口は作らなかった。今では反省している』
……同じパスワードで空っぽだったシャッターのある広間が思い当たるなあ……。
きっと気のせいだよ。
だって無かったもの。
『さて、もしそうだった場合の話をするか。長々と話に付き合わせて悪いんだけどさ……ここじゃねえよ? ここは、これを隠してるだけって場所だ。あ、なんでそんなところに……って思った? それが狙いさ。時間稼ぎってわけ。うん、まあ……もう間に合わないかな? その時は大人しく死んでくれ』
「……なんぞ危ないのかの?」
「危険といえば、常に危険な遺跡だとは思うのですが……」
なんか……たぶん、俺達の手順が違っているからか、こいつの話を今一つ理解出来なかった。
『最後に一つ』
それまで――――何処か気の抜けたような表情をしていた幻の視線が、僅かながらに真剣味を帯びる。
『『俺はお前らを信用してない』』
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