第368話


 …………終わりかい!


 続きを待ってジッとしていたところ……不意に消えた幻に姫様と共に驚き――


 巻き戻るように最初の位置で立ち直している幻に二度驚くという……。


 お、消えた! ……うわ?! 居たのか?!


 そんな感じ。


「お、驚かすでない!」


「姫。幻影なんだから、そんな文句言っても聞こえませんよ?」


 もう、子供なんだから。


「……妾は怒った」


「そんな幻に怒ったところで……」


「お主にじゃ。お主も似たようなことしておったではないか!」


「ハッハッハ、そんなまさか」


 俺が? 幻に? 話し掛ける?


「全く身に覚えがありませんね」


「つい先程の出来事じゃぞ?! 誤魔化せる程の時間は経っておらぬわ!」


「いや、それは本当に幻か確認するために行った引っ掛けですね。ええ、勿論」


「ええい! つまらぬ言い訳はやめい! こんなもの反射じゃろう? 分かっておっても声が出るじゃろ!」


「……まあそうですよねぇ。というか、こいつがリアル過ぎるのも問題なんですよ」


「うむ。意識しておらぬと、本当に誰かいるようじゃからのう……じゃから妾もつい声に出たというわけじゃ。お主と違ってイカレておるわけではないからの?」


「ちょっと話し合おうか?」


『…………え? これもう撮れて――――』


 再び喋り始めた幻影に三度ビクッとする。


 その後で姫様と目を合わせると、二人で示し合わせたように溜め息を吐き出した。


「……これは仕方ありませんよねえ?」


「全くじゃ。再び繰り返しておるのか? 妙に本物っぽいのも良けれ悪しけれじゃのう」


「どうしましょう?」


「放っておけ。害が無いことは分かったしの。それより今の内容の方が大切じゃろう。どう思う?」


「全く意味が分かりませんでした」


 繰り返される幻影の喋りを無視して、姫様と共に今の内容を反芻する。


「『作動』がどうこうと言うておったな? 何らかの機構がしておることが前提の話しぶりじゃった……それに対する手段として『動力源』を止めても無駄じゃと」


「動力源が先に止まっている場合は、つまりまだその何らかが『作動』してないんなら……『さっさと逃げろ』でしたっけ?」


「これ自体が時間稼ぎとも言うておったぞ」


 こいつが良い奴なのか悪い奴なのか分からん内容だなぁ……。


「つまり何がしたいんですかね?」


「……思わせたいのかもしれんな。こちらの混乱を狙っておるのやもしれぬ。……時間稼ぎにしてはお粗末過ぎるじゃろ? しかし……こやつの発言の真偽はともかく、聞き逃がせん内容が一つあった」 


 あ、その話しちゃう?


 再び部屋に入ってくる幻影を目で追いながら、姫様が続ける。


「『飛空艇』。こればかりは聞き逃がせぬ」


「……一応聞いときたいんですけど、それは空を飛ぶ乗り物で合ってます?」


「…………まあの。これは王都の民であれば周知じゃ。知っていてもそれほど変ではないぞ?」


「……ということは?」


「うむ。現物が王都にある」


 マジかあ……うわ、ちょっと王都に行ってみたくなったかも。


「帝国にもアゼンダにもある。まさに遺跡より発掘される品の中では最上級の物じゃろう。上層にあるような話じゃったが……本当ならば各国のパワーバランスを崩れるの」


 ……無いと思うなあ。


 そんなことより。


「アゼンダって何処ですか?」


「むむ。他国の名前を知らぬのは、そんなに無理もないことなのじゃが……お主のことじゃ、聞き逃しておるのではないか?」


「そんなことありませんよ。俺の外出範囲なんて精々が近隣の村なんで……。自国の名前も知らなかったぐらいなんですから、他国の名前なんて分かるわけないじゃないですか? 帝国はあれでしょ? 大峡谷を挟んだ向こうの国で、侵略欲旺盛」


「食欲旺盛みたいに言われてものう……。そんな単純な国でもないのじゃが。アゼンダは、我が国より北にある国じゃ。デトライトという都市と何百年も争い続けておったのじゃが……」


「あ、もう分かりました。大丈夫です」


「……黒い衣を纏う『死神』と呼ばれる何者かの介入で終わりを告げたの。おお! 偶然じゃが、お主も黒いローブを纏っておるな?」


「偶然ですねえ。いやでも黒いローブなんて誰でも着ますから、そこまで偶然でもなくないですか? ありがちありがち」


「うむ。全くもってその通りじゃな。……ちょうどでお主を見失ったことも……偶然じゃろうなあ。ところでお主との約束は、のことを無かったこととする……じゃったな?」


「姫様。意地が悪いってよく言われませんか?」 


「お主に言われたくないわ。これで先程の無礼と相殺じゃ。なんぞ時間もないそうじゃし、そろそろ行くとするぞ」


「へいへい」


「その度胸だけは妾も認めてやってもいい」


 姫様に促されるまま、部屋のような行き止まりのような場所をあとにすることにした。


 最後に一目と振り返る。


 そこでは幻影が、変色して今にも壊れそうな机の上の埃を、払えるわけでもないのにずっと払い続けている。


 既に亡くなっているんだろうけど……なんか物悲しいな。


 振り向いて笑顔を見せる幻影を、これ以上は見てられないと帰路に目を向けた。


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