第366話
「……」
「……」
『いや、だから予備があるだろ? ………その緊急時が今であって………………わーった! わーったよ! ……ケチめ、イテッ?!』
危険は無さそうなので姫様を開放して、突然現れた日本人っぽい男子を観察している。
話している内容や頻りと振り返っていることから、録画のようなものだと思うのだが……。
すげー、リアル。
実際に触ってみて、これが幻のようなものだと知らなければ……本当にそこに存在していると勘違いしてしまいそうだ。
これまた凄い技術だなぁ……。
本当に……こちらの技術というか、恐らくは魔法を含めた文明は、ある意味で向こうの世界を軽く凌駕して思える。
しかしこういう目の付け所も、転生した者ならではなんだろうなぁ。
作る方にも見る方にも。
通路と部屋の境でバタバタと動く恐ろしく精巧な立体映像を、姫様と二人で眺めている。
立体映像なんて言葉を知らない姫様としては、虚空に向けて話し掛けている男の子の反応を検証するべく、通路に誰かいるのではないかと覗き込んで確認しているところだ。
……説明した方がいいんだろうか?
理解しえない人にとっては謎だよなぁ……。
どう見ても『十四歳の病を発症』だもの……。
しかしこちらが迷っている間にも、姫様は納得したように一つ頷くと言った。
「時間軸のズレのようなを感じるのう……これは恐らく、過去に起こった何某かの行動の焼き付けのようなものじゃ。居もしない誰ぞとの会話が、その証明となろう。うむ、見事な技術じゃ。……出来ればこれも、持って帰りたいものじゃが……」
どんな頭してりゃ、そんなに納得も早いの?
自らの考えを立証せんとばかりに、無遠慮にも立体映像に手を突っ込む姫様。
どんな行動力があれば、そんなに無鉄砲になれんの?
既に同じようなことをして幻のような物だとは伝えてあるので、今更危ないとも言い出しにくい話である。
二度三度と手を往復させる姫様にドン引きです。
「うーむ……これは想像を絶する技術じゃな。一つ上どころか桁が一つか二つは違うのではないか?」
何某かの決着が着いたのか一人パントマイムだった有り様の幻影君が、ようやくこちらに向き直ったのだ。
といっても実際に俺達が見えているわけではないようなので、微妙に焦点はズレているのだが……。
「おお、やっと何かしらの進展があるようじゃな?」
姫様の言葉通り、幻影君がこちらを向いて話し始めた。
『あー…………もう別にシリアスキメなくてもいいよな? めんどくさい。この映像を見てる奴いる? むしろ見てなくていいまであるけど』
「いきなり投げ遣りになったなぁ」
「本を出したままにしていたのは此奴ではないのか?」
ぞんざいな口調と態度に変化した日本人っぽい男の子は、ポリポリと頬を掻くとゆっくり歩き始めた。
念の為に姫様を引き寄せる。
それでも部屋が狭いせいで姫様の着るドレスの端を掠めるように過ぎて行った幻影君が、木製の机の前で足を止めた。
そのまま手の平でソッと机に触れる様は、この机に何かしらの特別な想いを抱いているようにも思わせた。
いや、顔付きからしてもそうだろう。
思わずといった感じで……。
微笑んでいる。
『……俺は本棚を選択したんだけどさ? 一通り作ってみたんだ。なんせ死んだのが、ちょうど技術の時間だったから。作り掛けのままってのも気持ち悪いだろ?』
「……なんじゃ? なんの話をしておるのじゃ……?」
――やべぇ、ピンポイントで秘密を喋ってやがる。
焦る思いとは裏腹に、頭の中の冷静な部分が……中学の頃に受けた授業を思い出させていた。
そうだ……確かにあった、そんな授業……。
インターネットもまだ普及を始めたばかりでDIYという言葉が広まりを見せる前の頃に、日曜大工と言って揶揄しているような授業が昔はあった。
……俺も本棚を作ったよ、実家に戻ればまだ飾ってあるかもしれない。
自分ではよく出来たと思ったのだが、評価が上から二番目のランクで不貞腐れたのも……よく覚えている。
うちじゃあ、最終的にはゲーセンで取ったヌイグルミ置き場になってたよなぁ。
……………………。
「む。……お主、泣いておるのか?」
「……え? 俺ですか?」
姫様の視線が幻影じゃなく自分に向けられていることに、ワンテンポ遅れて気が付いた。
どうやら呆けていたようだ。
そんなバカなと目尻から頬を拭えば、濡れているなんてこともなかったが……。
「いや、泣いてませんよ? なんで?」
「……いや、なんぞ泣いておるように見えたのじゃ。光の加減かの? どうやら妾の見間違えであったようじゃ」
ああ、そうだな、そういえば光球の位置が悪いか?
移動させた光の球が、机の上の埃を丁寧に払う幻影の姿を浮かび上がらせる。
実際の埃は一つも舞い上がらないことから、やはり映像なのだと強く思わせることになった。
『いや、なんなんだろな? 別に手慰みに作っただけで……未練があるとかじゃ全然ねえんだけど。…………ケジメ? いや違うな…………なんなんだろな?』
愛おしそうに……でも寂しそうに埃を払う様は、その木製の机を大切にしていることだけは分かった。
粗方の掃除を終えた幻影君が、振り返って机に寄り掛かる。
『あー……やっぱりこっち向きで喋るわ。なんか相手がいないと調子出ないし。そうだなぁ……何から話そうか? いっぱいあるんだけどさ、いざってなると順番が……うるせえ、決めてなかったんだよ。消せなくても容量は多いんだからいいだろ? 別に』
そう言って顔を顰めさせる仕草や、木製の机に寄り掛かっているポーズが……話し掛けてくる言葉使いからしても、まるでどこかの中学校の教室にいるかのような気分を想起させた。
『そだな。まずは確認からするかぁ……。『この言葉、分かる』? 別に無理に理解しなくてもいいよ。それぞれに通じるように喋るからさ』
ああ……間違いないな。
日本語だ。
こいつ日本人だ。
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