第365話


「どうも、お喋りはここまでみたいです。……ついでに言うとハズレみたいです」


「どうにもそのようじゃな」


 突き当たりに見えたのは――木製の机だ。


 通路の突き当たりは別に扉がある云々ではなく、本当に単なる袋小路になっていて……。


 細い通路よりかは幾分かマシに思える広さだったが、それも畳で言えば四方一畳ぐらいの二畳間である。


 そこにポツンと木製の机と椅子が置いてあるだけの空間。


 隠されていたわけでもないのは、扉の存在や堂々と置かれてある机からしても分かった。


 机の上には木製の本棚しかない。


 しかも空っぽだ。


 何か貴重な文献が収まっているわけでもなければ、これまた本が山積みになっているわけでもない。


 本当にただ置いてあるだけに見えるショボい木製の学習机っぽいワンセットだ。


 そこしか見る物が無かったから、よくよく確認してみたのだが……薄く積もった埃からしても、この机が特別ではないことが分かった。


 向こうの本棚には埃のような物は無かったもんなぁ……魔女の家の地下でもそうだったが、『保存』というやつなのだろう。


 魔法なのか技術なのかは知らないが。


 同じくマジマジと机を観察していた姫様からも疑問の声が漏れた。


「これは、どういう意図なのじゃ?」


 いやサッパリ?


 何を考えてこれを作って、何を思ってこんな所に置いてあるのか……。


 いくら転生者と言えど、他の人間が考えていることなんて分かるわけない。


「昔の人の考えることって、ちょっとおかしいですから」


 どう見てもそうとは思えない星座然り。


 その時代特有のテンションがあるよね。


 いわゆる深夜テンション的なやつが。


 俺の感想に姫様が渋い表情になった。


「どう考えても王家に関係する者の施設なのじゃが……悔しいことに否定できぬ」


 ですよねー?


 ほんと……なんか見れば見る程、何もないなぁ。


 皆無だ。


 机には引き出しなどは付いてなく、本当に木の板を柱を組み合わせただけの簡単な物で……それは椅子と本棚にも言えた。


 そもそも作ったはいいが使われた形跡も無さそうなところが…………ともすれば――


 どこか……物悲しさを感じられる机である。


「……戻りましょうか?」


「う――」


 姫様が頷く前に抱き寄せた。


 何故か?



 いつの間にか通路に『誰か』が立っていたからだ。



 ――――袋小路、狭い、マズい、どうする? ここじゃ、姫様が――――


 しかし刹那の思考は無駄に終わった。


 人影に牽制の如く放った蹴りが、まるで陽炎を蹴り飛ばしたかのようにすり抜けたからだ。


「――うぇ?」


 圧倒的な既視感。


 それは『トレーニングルーム』とやらで経験した黒い鎧のような存在だった。


 しかも本当にあれと同じ物ならば、向こうからの接触だけは有効という反則染みた戦闘に持ち込まれるということだ。


 『戦う』は選べない。


 なら選択肢は一つだろう。


 こちらの攻撃がすり抜けるというのなら、その特性を活かして強引な突破をするしか――――


 覚悟を決めて姫様を胸に抱き、相手の出方を窺ったところ…………人影からの反応は無かった。


 …………攻撃してこないな?


「…………おい、どうなっておる? 妾は説明を求めるぞ」


 俺の胸でフガフガと喚く小娘を無視して人影を照らす。


 光球が、部屋に蓋をするように立ち尽くす人影の姿を暴き出した。


 中肉中背、黒髪黒目……。


 年齢は十代半ばだろうか? 顔に艶とハリがある……。


 典型的な日本人の中高生ぐらいの男の子が、ボーっとした……ともすれば力の抜けたような表情で立ち尽くしていた。


 着ている物も、この世界の物ではなく日本のそれだ。


 白いラインの入った某スポーツメーカーのジャージを上下に着こなして、アンダーウェアは白いティーシャツである。


 オマケのようなスリッパを足せば、休日のコンビニに居そうな学生をそのまんま表現している。


 ……今、転生してきたところなのかな? 残念ながら知恵の実は売ってないんだけども?


 頭髪も野暮ったく、未だお洒落に無縁だと言わんばかりの無加工ショート。


 しかし顔立ちだけでモテてそうなのは一目にも分かった有料物件。


 将来を期待して陽キャがキープしときそうな男子である。


 で、キープのつもりが本気になってからのラノベ展開…………読みたいと思います。


 今度本屋で探してみるから、ここは痛み分けということで見逃してくれないだろうか?


 ツラツラと流れる現実逃避は、しかし予想外の言葉から掻き消されることになった。



『…………え? これもう撮れてる? …………うそぉ?!』



 誰もいない虚空に振り返る人影。


 その反応からしても『もう撮ってますよ』とでも言われたかのよう。


 再び正面を向いた十代の日本人っぽい男子。


 しかしその表情は先程のそれとは比べ物にならない程にキリッとしていて、今更ながらに雰囲気を出そうとしていることが読めた。


 撮影の裏側かな? ドキュメントはあまり見ない派なんだけど……。


『うっ、ぅうん! あー……テステス。…………やっぱりここ後で消せる? ……そう、冒頭だけ…………ええ? 新しい記録魔晶石いるの?! マジかよぉ……そこは上手いことやれないのかよ……』


「これ、いつまで抱き着いておる? 妾が魅力的なことは認めるが、時と場所を弁えよ。あと、さっきから聞こえてくるこれは誰の声じゃ?」


 なんか宣ってる小娘もいるしなぁ。


 …………どうすりゃいいんだろう?


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