第364話


「どうした? 話してみよ」


「言いたくないことは言わなくても良かったのでは?」


「社交辞令じゃ。お主にも社交を行うようになれば分かるであろう。その時は妾が手解きをしようぞ」


「ハハハハハ、俺が社交に関わることなんてあり得ないので、残念ながら姫様のご配慮は無駄に終わりますな」


「どうかの?」


 無い無い、無いよ、絶無。


「もうそうなったら全力で逃げて身を隠す所存ですので、悪しからず」


「お主の身を守ろうとする妾の献身が分からぬか?」


「私の身の上を考えてくれるんだったら、このままそっとしておいてくれるのが一番の幸せとなります」


「どうかのぅ……。お主は気付いておらんようじゃが…………妾からは色々と不運であるように見えるぞ?」


「どこが?」


「このような場所を、妾のような『お荷物』を抱えて歩いておるというのに、そのような台詞が直ぐに出てくるところが、じゃ」


 …………。


 後ろから聞こえてきた息遣いは、たぶん溜め息。


 いやいやいや……。


「いや、これは運とかではなく……姫殿下のお命を狙っていた手勢の手際を褒めるべきでしょう」


「運の悪い者は、原因に責任を求めがちじゃ。勿論、それは往々にして当たっておる。しかし本当の問題は原因に非ず。問題はそれを引いてしまう、己の不運にある……と妾は思うておる。……偶々宿泊した村が魔物に襲われたとして、勿論それは管理の甘い領主の不手際や、元凶である凶悪な魔物の性質を責めることが出来よう。しかし本当の不運というのは、その日その時その場にいる――『運命』にある、と思いはせぬか?」


「そんなバカな。夢見がち女子か」


「女子じゃ。あと運命と言うてもお主が思うているような『定められた』という意味合いではなく、『そうなったから、そうなるべく』といった不安定な物として捉えよ」


「そうなるべくして、そうなった?」


「違う。『そうなったから、そうなるべく』じゃ。……時にして選ばれる、いや選び示されることもある、という意味じゃな」


「全然何言ってるか分かりませんが……時に魔法薬は必要ではありませんか?」


「お主にはデリカシーが微塵もない」


 ボスッと背中に衝撃が走る。


 中々いいパンチだ。


 次に出て来た魔物はそれで倒してください。


 フー、と再び聞こえてくる溜め息の後で姫様が続ける。


「あまり深く考えておらぬようじゃが――時にして状況は、世界は、運命は、お主を選ぶかもしれぬぞ。……たとえお主の意志に反していたとしても。いや、最後にはお主が選び示させばなるまい。それが『不運』というものじゃ」


「ふーん」


「お主にはユーモアのセンスが欠片も無い」


 ハハハ、それこそまさかである。


 しかしこれで姫様の話に説得力が無いことが証明されてしまったね?


 俺にユーモアのセンスが無いわけないじゃないか、全く……。


 ここが前世だったなら『やれやれ』まで披露していたところである。


「それで? 話すのか? 話さぬのか?」


 ボスッ、ボスッと二連撃。


 暴力に走るのは自説の欠点を認めているようなものだよ、はい勝ちー。


 ところで……。


「なんの話でしたっけ?」


「戯けめ。お主の育ちを語れと言うておる」


「あー……はいはい。って言っても……何を話せばいいのやら」


「物心ついた頃から、今に至るまでを話せば良かろう?」


 今に至るまで……。


 ザッ、と生まれてからのこれまでの歴史が脳裏を過ぎる。


「……………………普通ですね? 子供の頃から畑の手伝いをして、毎日近所の友達と遊んで、めでたくも成人を迎えました」


「……端折り過ぎではないか?」


「いや、だって……これといって目立つこともないですもん」


 よく考えたら言えないことだらけですもん。


「……ふ〜ん?」


「姫様。なんか『ふ〜ん』って言うの似合いませんね?」


「誤魔化したということは、何かあると言うておるな。まあよい。言いたくないことは聞かぬ約束じゃ。それにしても……畑の手伝いか」


「あ、興味がおありで?」


「畑仕事そのものには無いと言うておく。子供の頃から畑に出るというのが珍しく感じての。いや、話には聞いたことがあったのじゃが……」


「姫様も、ダンスやマナーとかを子供の頃から習うんじゃないんですか? それの民草版ですよ」


「確かに……そう言われると納得も出来るの。しかし友達と毎日遊ぶというのは……妾からしたら考えられぬ。毎日茶会を開く感じとでも申すのか?」


「これは持たざる者特有ですよ。他にすることもないんで、集まって遊ぶのなんて平民にとったらザラですよザラ。普通ですよ、普通」


「ふむ」


 思いも掛けぬ話題に食い付いた気配だったので、こちら方面なら問題ないとばかりに口が滑る。


「本当、なんてことないもんですよ? 昔馴染みが六人ばかりいますけど、冒険者になりたいって奴もいれば商人に収まった奴もいますし。でも大抵の奴が村で暮らす、普通の環境ですって。冒険者になりたいって奴も『火』の魔法が使えるからで、『水』の才能を持ってる奴は商人になりましたから」


「……ほう。昔からの友人が魔法を使えるか」


「まあ、でも珍しくないでしょ? 村に一人か二人はいるもんだろうし。そりゃあ、魔法使いと呼べるレベルになると街に一人いれば良いぐらいなんでしょうけど」


「その友人というのは『魔法持ち』レベルか? それでも冒険者なら重宝されよう?」


「あんまり気にしたことなかったんで知らないんですが……う〜ん、たぶんそうかな?」


「貴族でもない者が、生まれつき魔法を使える知り合いが二人もいる……というのは珍しいのではないか?」


「なんでも特別に結びつけようとしないでくださいよ……そんなの探せば何人かはいるでしょうよ」


「そうじゃの。その六人が六人ともとなると、流石に何かありそうに思えるのじゃが……二人ならばそこまでではないか」


 危険域に来ちゃった。


 そんなつもりなかったのに?!


 何かないかと助けを求めるべく暗闇を見据えていると、丁度良いことに終点が見えた。


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