第363話


「そんなこと言われても……実際問題、距離がありますからねぇ。わざわざ確認に行くようなことでもなくないですか? 姫様あれでしょう? 俺の出自に何か秘密があるとか考えてるんでしょう?」


「無いのかの?」


「無いですよ……至って普通の村生まれ村暮らしですから」


 ただちょっと前世の記憶があるだけの。


「ふむ。確かに訪い人の生まれには共通点が無い……妾も文献を読んだ限りではそう判断した。しかし実例を前にしておるのだ。聞かねば損であろう?」


「その訪い人云々も間違ってそうなんですけどねぇ……。本気で、本当の本当に嘘無しで、神様に知り合いとかいないですから」


「ではお主の知識は何処から来ておるのだ?」


 前の世界。


 ……とは言えまいね。


「ただの直感と言いますか……不思議と感じられるものがあるってだけです」


 魂にね。


 ヲタクはヲタクを知るってやつだよ、うんうん。


 パンピーから見たら違いの分からないヲタでも、どちらの方がより深くまで潜っているかの見極めから……ヲタクのコミュニケーションは始まる。


 深海魚のもまた深海魚なのだ。


「一定の特殊な知識を、生まれつき保有しておるものと考えておったが……違うのか?」


「それ、どっかの魔女の話でしょう? 一緒にしないでくださいよ」


 俺はまだ腐らせてない。


 そしてその予定も無い!


 無いからな!


「ほう。しかし感じられる、か……。もしや眷属のような者も存在するのかもしれんの。これは新しい事実じゃ」


「事実無根だ」


 誰が魔女の眷属だ。


「それか……もしくは覚えている度合いが違うのかもしれぬ。過去、教会に残る資料の中には、己が務めをハッキリと覚えている者もおったそうじゃ」


「…………そうなんですか?」


「うむ。興味を持ったか? 教会の資料というところで信憑性は今一つなのじゃが……過去、『自分にはやらなければならないことがある』と明確に意志を示した使徒がおったそうじゃ」


 思わず、といった感じで足を止めてしまった。


「ぐっ……!」


 話に夢中になっていたのか、背中の辺りに姫様の顔が追突した。


「あ、すいません」


「……よい。今のは妾の不注意じゃろう」


 鼻を押さえている姫様の目は、全然『いい』と思ってなさそうだが……。


 これ以上、足を止めていて追求されては敵わないと再び歩き出す。


 歩を進める俺の背中に、姫様の声が掛かる。


「しかしやはり何か思うことはあったのかの? 珍しい動揺具合じゃが?」


「べべべべ別にぃ? どどどど童謡なんて歌わないしぃ?」


「……そこまで行くと、逆に冷静まであるぞ、お主……」 


 まあ、『そうなの?』とは思ったけどさ。


 もしかしてあるのかもなあ……その時の記憶が丸っと無いとかは。


 その時というのはつまり――――神様との邂逅のことだ。


 異世界転生では、もはやお約束とされても仕方ない神様との取り引き。


 異世界に行ってくれ、その代わりこれチートな? ってやつ。


 そんな覚えは欠片も無いけど、不自然なまでに魔法(?)が使えるんだから……何かしらはありそうな気もする。


「使徒の使命とやらは、教会の資料や数多残る史実の中でも明らかにされておらん。何か感じられることはないのかの?」


「いやこれが欠片も……」


「そうか。使徒の行動には統一性が無いからのう……もしや命を受けた神によって違うという持論もあったのじゃが」


 個人主義を楽しんでいそうではあるよね? 転生者さん方は。


 気にしてもしょうがないと思う。


 その意志をハッキリと示した使徒とやらも『モフモフだ! 異世界に来た以上、ケモミミハーレムを! 俺は作る!!』とかの気概を……あ、違う違う……危害を示したってだけじゃないかなあ?


 魔女という前例があるだけに、俺は転生者達を疑っている。


 だから一緒にされては堪らないとも思っている。


 魔女さんとか自分だけじゃなく街まで炎上させることに定評があるのだ……。


 下手に一括りにされたら、危険視されて殺されるとかもあるんじゃなあい?


 ましてや王政なんだから……神の使徒とか聞くからに邪魔だろう。


 そう思うと姫様の探りにもヒヤヒヤするよ。


「むう……てっきり生まれからして違うと思っておったのじゃが……。赤子の頃の記憶がハッキリある……とかはないのかの?」


「いや赤ん坊の頃の記憶がある人間とかいるんですか?」


「訪い人にはあるような記述じゃったが?」


「じゃあやっぱり俺は訪い人とやらじゃないんですよ」


 あるけど。


 なんなら赤ん坊になる前もあるけど。


 しかし前世での赤ん坊時分の記憶は無いので、嘘をついたとは言えまい。


「いや、それは早計じゃ。なら育ちからして違うということもある。成人になる過程から頭角を示す訪い人もおったというしの」


「姫。私はもう成人なのですが?」


「うむ。であるからして、成人前に行ったお主の偉業を申してみよ」


「私の偉業が聞きたいと? 仕方ありませんね……。出来れば隠しておきたかった秘密なのですが……」


「ほう?」


「実は既に自分の畑を有しておりまして……なんなら一桁の齢で、畑の一切を任されることに――」


「お主、『私』と『俺』の時の一人称の違いで、誤魔化そうとする割合も違うからの。気付いておるか? 物心ついた時から、どういう風に育ったかを話すがよい」


 あ、俺、勘のいガキは嫌いかも。


 ちょっとこの台詞の真意に達せたかも。


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