第360話


 ……………………どうやって?


 というのが正直な感想。


 魔女の家にあった日記や趣味全開(柔らかい表現)の書物とは違い、ここに納まっている漫画は……そのまんま世界を渡ってきたような表紙で存在していた。


 そのまんま漫画だ。


 とりあえず見えている部分では。


 もしかして生まれ変わる瞬間に手にした物を持って来れる……? としても……。


 凄い量がある。


 上の方の棚を席巻する漫画の群れは、懐中電灯ならぬ手中電灯をスライドさせてみても続くという膨大な量だった。


 どうやらここからが区切りなのか、反対側の棚からは漫画書庫になっている。


 どうしよう、数日ぐらい潰したくなってきたよ。


「姫。やはり参考文献として少しばかり漁ってみるというのは?」


「お主が何を言うておるのか全く分からん」


 たった今、何某かの異変を経験したばかりなせいか、姫様は本棚を弄ることに乗り気じゃないようだ。


 魔法罠なんて見た目じゃ分からないような罠が存在するんじゃ、それも仕方のないことだろう。


 ……えー? でも久しぶりに漫画読みたいなぁ。


 ズラッと並んでいるのは、随分と古いチョイスとなっているが、確かに漫画だ。


 これは…………俺の中学生時代? もしくは小学生の頃に流行った漫画だなぁ。


 今となっては古本として並んでいるかも怪しいタイトルに、懐かしさが一段とこみ上げてくる。


 長い休暇を貰えたのなら、ついついインターネット販売でポチッちゃうかもしれない同タイトル群。


 有名作品ばかり。


 そういえば読み掛けの漫画とかどうなったかなあ? 十五年あれば流石に完結しているよなあ……。


 ズラズラと並ぶ有名タイトルに、子供の頃に真似した、うっ?! ……それは無かった記憶だから……大丈夫。


 しかしながらどうにも本当に……。


 古い作品ばかりだな?


 ズラズラと並んでいるタイトルは、それこそ子供の頃には流行ったが……最近の子供が知っているのかは微妙なものばかり。


 宇宙人と追いかけっこするラブロマンスや古流剣術を使う素浪人の話辺りならともかく。


 疑似餌でする釣りをスポーツ的に捉えた物や、中学三年の冬だけで続くロングランな少女漫画なんてマニアックが過ぎるだろ……。


 もっぱら推理漫画が代表作に上がる作者の侍物とか、あー! あったあった! あったなあ!


 そんな感じ。


 しかし俺が死ぬまで続いていた某海賊物が初期の巻数しかないのがどうも……? その頃に死んだってことか? いやそもそもどうやって漫画を――



「この世界には――」



 懐かしい漫画の数々を、ついつい食い入るように見ていると……。


 眠っているような静けさが正しいとされる空間で、惹き込まれんばかりに凛として綺麗な姫様の声が響いた。


 …………あ。


 そんな感じ。


「――生まれながらにして異形の感性を持つ者が極稀に存在する。神の使徒とも呼ばれることがある彼奴らは、知り得る筈のない知識や経験を、幼き頃より何故か習得しているそうじゃ……」


 じっとりとした汗を掻きながら、隣りに並ぶ高貴な方をチラリと横目で確認する。


 見上げてくる姫様の表情は生意気そうな……不敵とも言える随分と容姿に合う笑みを浮かべていた。


「のう? 妾達は互いのことをもっとよく知り合うべきだとは思わんか?」


 チラッと確認するだけのつもりだったのに……! だって随分と知っている本がズラズラと並んでいるもんだから……!


 『あと少し、あと少しだけ……もう少し』は漫画におけるお約束なので。


 くっ! なんて罠なんだ?! これが先達の知恵だって言うのか!


「ちなみに、そういう者達は大抵が教会に取り上げられると聞く。その後の生活はよく知らぬが……自由は全く無くなるじゃろうのう……酷い話じゃ」


 首をフリフリとする大根役者が、今気付いたと言わんばかりに俺と視線を合わせる。


「おお、こんなところにも一人」


「あ、人違いですね? 俺も街に行った時に髪の長い村娘相手によく間違うから分かります。貴方は僕の運命の人ですか? って。大抵は綺麗な紅葉が咲くだけですが」


「それは無遠慮じゃろ……。声を掛けるにしても、もう少しなんとかならんかったのか?」


 ええ? ちゃんと褒め言葉も付けたけどなぁ……。


 こっちだって村人が嫁さんを見つける手順はちゃんと踏んでるのだ。


 大根のような足ですね? って。


「して? お主、『訪い人おとないびと』なのか? 天より使命授かりし神の使徒か?」


 全然誤魔化せてねえな。


 まさかこんなことでバレそうになるなんて……。


 もはやヲタクというのは病だね。


 しかも死んでも治らない質の悪い病。


「まずそのナンチャラ人ではないですし……神とかクソだと思ってるのも間違いないです。信仰心は皆無なのに行事は楽しみたい派閥なだけで」


「お主の言うておることが何一つ分からん」


「とりあえず神の存在を近くに感じたことはないです」


「使命もか?」


「村で暮らせ、村で幸せとなれ、嫁さんは若くて綺麗な三編みで誠実そうな女性を貰えというのなら……こればかりは嘘がつけませんね? 感じたことが――」


「無いのじゃな。よく分かった」


 なんで?!


 今、信じる流れだったじゃん?! 徐ろな神ムーブ来てたじゃん!!


 食い気味に答えた姫様の視線が白ける。


「まあ、その辺りも呼び出した時に聞けば良いか……急く必要はないの。しかし長い話になりそうじゃから滞在が延びるのもまた、仕方のないことじゃな。安心せい、王都での滞在は快適なものにすると約束しよう」


 うんうんと頷く姫様に今度は俺の視線が白ける。


 五秒で済むからな?


 キャンセル料は着服しようと考える俺は黒いだろうか。


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