第359話


 俺の知ってる図書館よりも規模が大きかった。


 街の図書館ぐらいに思っていたこの書庫は、視聴覚ブースも無いというのにそれ以上の規模を誇っていた。


 昔、世界最大の図書館で検索したことがあるのだが……下手するとそれと同じぐらいの広さがあるんじゃなかろうか?


「…………これだけでも充分な収獲じゃな」


 思わず呟いた姫様にも同意だ。


 魔女のしょっぱい本棚と比べると正に月とスッポンだろう。


 もはやこれが個人の施設とは思えない程の規模だ。


 日本人が関係しているのは間違いないのだが…………もしかしたらそれがの可能性すらある。


 しかしそれにしても、だろ……。


 光球が照らし出す先にも限界を感じる暗闇の書庫は、誰かが本棚の影からこちらを見ていても気付けない程に広かった。


 ……なんだここ? めっちゃ不気味。


 無数の本の群れが、物言わぬ彫像のようにすら感じられる。


 この静けさを嫌ってか、ぼんやりとした疑問が俺に口を開かせた。

 

「……どうやって集めたんでしょうね?」


「…………そうか、確かにそうじゃ。これだけの収集物じゃ……噂の一つや二つ、または相応の逸話が残っていてもおかしくはない筈じゃ……」


 姫様の呟きからすると、本を異常収集するバカは歴史においても見られなかったようだ。


「つまり…………本を作った?」


 先程のテーブルにあった、書き掛けの書類から連想された言葉が口を衝く。


「まさか。ありえんじゃろ? 何百人何千人と関わらねばこの規模の物は作れんぞ? それも人生のほぼ全てを掛けてじゃ。それだけの著者を集めれば、幾多の国に影響があろう。逸話の一つも残ってないことなどあるまい。しかし少人数となると時間が足りぬ。つまり……連綿と集め続けていたのではないか? 長い時を掛けて」


「それは……そうですね」


 そう同意したものの、モヤモヤは残った。


 今一しっくりと来ないのは、転生者がそんなことするかなあ? というもの。


 俺が想像する転生者っていうのは……言っちゃなんだが、陰キャがハッちゃけたような奴らのことだ。


 異世界無双、異世界あるある、一夫多妻ハーレム、建国、なんでもごされ、てな感じ。


 好き放題だったっぽい魔女の話からしても、特に止められたり縛られたりは無さそうだった過去の転生者達。


 欲望の赴くままに好きなことをするのを、別に悪いとは言わないが……。


 何代も続けて本を集めるなんてミッションを、そんな個人主義共がこなすだろうか?


 この施設の合い言葉の一つにしても、日本人なら知っていそうな言葉が使われていた。


 結構な立場にあったのは間違いない。


 ほぼ街とも呼べる各フロアの広さからして……俺もまさかこれが個人による物だとは既に考えていない。


 けどさ?


 これが受け継がれてきたというのは……どうにも納得しかねる意見だ。


 むしろ本が好き過ぎて『大陸制覇もこの図書館のためにやった!』なんて話の方が頷けそうである。


 それにしてはここの環境は隠され過ぎているけど……。


 なんだろうなぁ? なんでこんな所を作ったんだろう?


 上の遺跡と合わせて、随分とを感じるのも疑問の出処になっていた。


 …………それにしても。


「……無いですね」


「無いのう」


 まさかのここに来て階段が見つからないというハプニング。


 遠くに見える書架には階段状の物もあるが、上の階へと通じていそうなものは見当たらない。


「…………まさかのハズレ説が出てきましたね」


「流石に今から戻るのは嫌じゃなあ」


 その割には嫌さが声に出てない姫様だ。


 しかしながら俺の方は徒労感から、明らかに顔を顰めてしまった。


 マジでなんのために作ったんだよ、この書庫は。


 地下からしか入れないとかありえなくない?


「反対側を見てみますか?」


 抜け穴から真っ直ぐ歩いて来たので、未だ見ぬ反対方向へと歩く提案をしてみる。


 しかし姫様は首を横に振った。


「まずは壁際まで確認するとしよう。扉があり、外に通路が伸びている可能性もある。……広さ故に勘違いしそうになるが、下の洞窟はここより広かったじゃろ?」


 ……確かに。


 広い書庫だが精々が数百メートル。


 下のキロ単位あった洞窟とは比べ物にならないだろう。


 とすると、施設が横に伸びている可能性は確かにあった。


「じゃあ、ここを曲がって行きましょうか」


「うむ。これだけ書架が散見していると、まるで迷路のようじゃの? 真っ直ぐ進めれば早いというに……ここを作った奴は整理が下手じゃ」


 そうなんだよなぁ……。


 なんか……如何にも『スタイリッシュにしました!』とでも言いたげな配置だが、作った本人も後々苦労したんじゃないか? という並びでもだった。


 少しずつ斜めにズラしたり、稼働するようにしたり、ピラミッド型のように……めんどくせっ!


 そんな書架の一つを、手から出している光が直撃する。


「……行き止まりじゃな」


「……ここはまんま迷――ッ?!」


 そう言って照らし出された本棚に――――見覚えのある書物が収まっているのを見て、思わず動きを止めた。


 重々しいハードカバーの背表紙になんて見覚えはない。


 そんなに読書家と言える程でも無かった前世の自分。


 俺が読むのは、所謂『大衆に向けられた分かりやすい娯楽』的な本であり、手軽に楽しめて間口の広い本だ。


 学生の時分のみならず、その存在は前世で常に共にあった。


 あちらにあって、こちらに無い。


 少なくとも俺は見掛けたことがない書物――――


 そう。


 ――――漫画だ。


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