第八章 古史探々 後

第358話


 ……おんやぁ?


 ふと感じた微かな異変を、気のせいかどうか確かめるべく同行人の顔を見ると……向こうも似たようなことを思ったのかこちらを見ていた。


「……」


「……」


 互いに静かなのは、それでもなお確証が得られないからだろう。


 もう一度起こるのではないかと五感を研ぎ澄ませている様子は、隠れんぼ中に足音を聞く子供のような姿だ。


 実際まだ子供だしね、この姫様。


 暫く待ったところで、これ以上は何も感じられないと判断したのか、姫様の方から口を開いてきた。


「なんぞ揺れたかの?」


「あ、やっぱりそう思います?」


 なんかグラッと来たよね?


 短く、しかも微かに……だが『確かに』と思える心象でを感じたのだ。


 確かにと思っている割には疑っているような、その後の反応なのだが……。


 原因は影響が自身にしか見られないことにある。


 本当に地面だか施設だかが揺れたとするなら、散っている紙束や積んである本にも影響が起きそうなもの。


 それも皆無となれば……考えられるのは自身の揺れ。


 つまり立ち眩みや目眩のようなものなのでは? と思った次第だ。


 長時間、暗闇を警戒しながらの地下探索なんて…………一回経験があるけど。


 普通なら何処かに異常を来たしてもおかしくはないと思う。


 ……毎回これ思うんだけど、意外と平気にも感じるんだよなぁ。


 しかし前回とは違う点があるのも確かだ。


 現に、前のダンジョン探索の時は資材も豊富だったし休みも定期的に取っていた。


 しかも味方が沢山いたことで生まれる安心感のようなものだってあったと思うから……集団心理ってやつ?


 それが今度は油断ならない姫様と一緒とあって……。


「疲れているのかもしれませんね……」


「どこか腹の立つ表情をしておるな……やめい。何を考えとるのか知らんが、恐らくは無礼で間違った認識じゃ。今のは確かに外的な要因じゃった」


「って言われても……。地震にしては周りの被害が無くないですか?」


「…………お主、『地震』を知っていそうな口調じゃが……我が国では起こり得ぬ事象じゃからの? 気をつけい」


「……昔、本で拝見――」


「儀式魔法クラスの秘匿土魔法をか? ついでに言うておくが、地面が揺れるなどの現象が自然に起こることはない。……なんぞ、お主に勝手に喋らせておった方が色々とボロを出してくれそうじゃなあ」


 ぐっ……。


 もはや冷たいを通り越して哀れみの視線をよこしてくる姫様から顔を背ける。


 ハハハ……そんな筈ないない。


 これでも未だに村人を続けている身だ、培ってきた十五年間が俺を普通だと証明してくれている!


 そもそも転生者バレとか有り得ないからして?!


 しかし未だに視界の外から向けられているジト目の気配に、話題の転換閑話休題を試みた。


「じゃあ、何だったんでしょうね……今の揺れは……」


「随分と顔を作ってきたようじゃから乗ってやるが……お主、本当に気をつけいよ? その緩さは性格じゃぞ? 直るものではないからの?」


 真剣味を帯びた俺の表情に、一国の姫さえも騙されるという……。


 怖いもんだな、才能ってやつは。


 何故か溜め息を吐いた姫様が、考え深げに虚空を見つめる。


「自発的な防衛機構のようにも考えられるが……またタイミング良く、妾が意味有りげな古代語を呟いた瞬間じゃったからの。何かの起動言語コマンドワードだった可能性もある」


「なるほど起動言語」


 異世界特有ワードやめてくんないかなぁ? 初心者(十五年)に優しい異世界であれ。


「……魔法を発動する際の鍵となる言語じゃ。体系や個人によって変わることもあるが、大抵は同じ物を用いる」


「あー! はいはい起動言語ね起動言語……知ってましたとも勿論!」


「…………省略や破棄が存在しないこともないが、大抵の魔法使いは詠唱を学ぶものじゃ。あれだけの魔法を使えるお主が知らぬというのも不思議なものじゃなあ?」


「え、魔法? そんな世俗の代表のような私が、尊き血と傑出した才能にしか与えられない恩寵のような物を何故使うことが出来ましょうか。そんなまさか! 姫様の御冗談には些か心が冷えまする」


「お主……いくらなんでもそれは無理があろ?」


「だとすると……もしかして姫様がこの古代語を唱えてしまったせいで、今の揺れが?!」


「唐突に話を戻すでない。全く……。簡単に確かめられる方法があるではないか? 妾の良心に訴え掛けようとしておるのなら、無駄に終わると伝えておこう」


 姫様の視線が先程の走り書きのメモのような物に戻る。


「『炎獄』『水天』『命樹』『轟雷』文字が欠けて読めん『残影』『月光』。…………どうじゃ? 何も起きぬが?」


「警戒心ぶっ壊れてんじゃない?」


「お主にだけは言われたくないわ」


 フンと鼻を鳴らす姫様にドン引き。


 流石は自らを囮に裏切り者を炙り出しただけある。


「そもそも姫様は魔法が使えるのですか?」


「今述べた懸念は魔法罠の類を示唆してのものじゃ。魔法罠とは、本人の資質に関係なく発動する魔法を使ったトラップの総称を言うておる。聞いたことはないかの?」


 無いな。


「ありません」


「……ダンジョンに潜ったと言うておった気がするのじゃが……まあよい。他者の使う言葉に反応する魔法を用いた罠がある、とだけ心得よ」


「めっちゃ危ないじゃないですか……迂闊に喋ったり出来ない」


「妾も懸念は示したが、滅多にあるものではない……と聞く。これだけの遺跡故、もしかしたらと思っただけじゃ。現に原因は別にあるようじゃしの」


「…………じゃあ結局、原因不明だけど揺れを感じたということになりますね。……本当に俺達の不調も考えられるので、早いとこ地上を目指しませんか?」


「……仕方ないの。体調に変化は感じぬが、お主の言うことにも一理ある。このくらいにして先を急ぐとするか……」


 恋々とした視線を積んである本に向ける姫様だったが、切り替えは流石のもので一度視線を切った後は振り返るようなことはなかった。


 とりあえずの警戒を維持しつつ、上への階段を探すために、俺達は書架の群れへと足を進めた。


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