第357話 *アン視点
「二人いるのは、こちらにとっても都合が良いことでした」
応えるようにリーゼンロッテ様が聖剣を抜いた。
「既に魔力を通してあります。前回のように逃げられるとは思わないでくださいね?」
淡く……でも力強く、聖剣の光が闇を払っていく。
本当に広く大きな部屋だった。
でもこれといった特徴は、未だに黒いローブが腰掛ける台座と部屋を無数に這う蔓だけ。
戦い難そうだなぁ……。
その蔓のせいで足場がデコボコしてるし……本物の植物じゃないのか、強く踏み込んでも千切れないし。
でも。
リーゼンロッテ様はともかく、救助隊にとっては有利かもしれない状況だ。
既にテッドを含めた騎士様達全員が魔法の詠唱を終えている。
素早く見渡した感じ、部屋にはあたし達が入ってきた扉しかなかった。
逃げ場もない。
…………これはイケる! 絶対に避けられないよね!
九人による魔法攻撃なんて避けようがないよ……!
強く思い込むことで自分の考えを肯定しようとした。
でも。
――――何故か『
暑さが原因じゃない汗が頬を伝うのを無視して、あたしに出来ることはないかと注意深く観察を続けた。
ポニーテールの賊が一歩出てくる。
これにリーゼンロッテ様が応える。
「……リーゼンロッテ様」
これに確認するように呟いたのはキール様だった。
「まだです。……恐らくは無駄に終わると思われますが、こちらは私が仕留めますから、その間の足止めにでもなれば……」
戦いの手順を確認しているのはこちらたけじゃなかった。
向こうでもポニーテールが後ろにいるローブの女に話し掛けている。
「どう?」
「あ〜……一撃目は無理ですかね〜。既に唱え終えたみたいですし〜。二撃目からは、先輩が好きな『根性』でなんとか……って感じでしょうか〜?」
「なにそれ。適当ね?」
「どうせ気にしてないじゃないですか〜。それに『氣』が二人もいますもん。その二人は分かんないです。あたし、『氣』と相性悪いですし〜」
「気にしてるわよ? 邪魔されたくないもの。じゃあ、あの食べ応えありそうな二人は私が貰うわね」
「どうぞ〜。……っていうか、全員やってくれても、あたしは別にいいんですけど?」
「興醒めしちゃうじゃない。雑魚はよろしく――」
言い終えたのか、ポニーテールの賊は踏み込むペースを早めてリーゼンロッテ様に斬り掛かってきた。
それは小手試しのような一撃。
しかしリーゼンロッテ様の聖剣と、ポニーテールの賊の禍々しさを宿す凶剣が、斬り結ぶだけで髪を瞬かせる風が生まれた。
ボーマン様が叫ぶ
「放て!」
その意味を理解したのは魔法が放たれた後からだった。
――――なんで?!
テッドの魔法が、風の塊が、岩のような礫が、空中に線を引きながら放たれた。
それは冒険者が使っていた単発の魔法とは一線を画す、まさしく『魔法使い』が使える魔法だった。
威力が大きく影響範囲が広い。
既に打ち合わせを終えていたのか、魔法の中ではそれでも遅いとされている土塊を、大きな風の球が後押ししている。
僅かに遅れていたテッドの魔法が、ポニーテールの賊とローブの賊の中間地点で、その真価を発揮した。
瞬く間に広がった火の塊が、風の球に引火した。
ローブの賊を目掛けて放れていた土塊が、焼ける岩となって速度を上げる。
風の球に引火したことで、テッドの火球がその範囲を広げて斬り結ぶ二人をも飲み込んだ。
僅かに早く――――リーゼンロッテ様の体を光が覆う。
「どうだ?!」
テッドの疑問の声が、焼け荒ぶ部屋の中に響く。
「――――これでどうにかなると思った?」
「……まさか。地上で剣を交えた時に、貴方の実力は把握していました」
「あそ。じゃあ気合い入れてよね? あんた程度が把握している実力とやらを――見せてあげるから」
「……楽しみです」
爆炎の向こうから響く声に、少なくとも両者が無事なことは分かった。
幾多もの金属音から、恐らくは剣戟を重ねていることも――
「――――行くぞ!」
再びのボーマン様の声で騎士様達が左右に散った。
一人残ったテッドが、あたしの前で再び詠唱を始める。
これは――――賊を分断する時のための連携だ。
つまり…………。
「……ほんと、『氣』の付与とか反則臭いですよね〜? 同情しますよ、ほんと〜。あのクソ変態亜人趣味にアミュレット壊されちゃったんで、お世話になるしかないんすけどね〜」
煙が引いていった先に、未だに台座に腰掛けている賊を見つけた。
膝に肘を付いて、ローブの奥から物憂げな視線でこちらを見つめていた。
その姿には変化が見られない。
む、無傷って……お、おかしいよ?! 絶対!
今のは攻城戦とかに用いる魔法攻撃だと思う。
少なくとも戦場にあった魔法持ち百人による単純な魔法射撃よりも一点突破力はあっただろう。
「おおおおお!」
孤を描くように黒ローブの賊に接近した騎士様が、気合いの声を上げた。
振り下ろされる剣を、つまらなさそうに見つめる黒ローブの賊が――――軽い調子でそれを受け止めた。
「…………え?」
あたしの見間違いじゃなければ――
素手で、あの細い手で、抜き身の剣を、受け止めてる……?
刃は当たってないのかもしれない。
見極めて、掴んだのかもしれない。
だとしても……。
なんて怪力。
ここからでも分かる体格差からすれば、冗談のような光景だ。
「ぐっ……くおおおおッ!」
「うるさいっすよ〜」
押し込もうとする騎士様を、それこそ木の棒を捨てるようにポイッと手を振って吹っ飛ばした。
転がる騎士様を無視してボーマン様が叫ぶ。
「挟撃で行く! 合わせろ!」
――――異変が、あたしには直ぐに分かった。
一歩引いた所で見ていたからだろう。
キール様が遅れている。
一人速かった騎士様はともかく、他の七人の速度にそれ程の違いはなかった。
つまり。
それはキール様の変調を表していた。
「…………ぐっ?!」
胸を押さえるキール様は、まるで吐き気を堪えるように俯いて苦悶の言葉を漏らした。
何か――
「おおおおおおおおお!!」
疑問が結実する前にボーマン様を合わせた六人の騎士様が、台座に座る黒ローブの賊に斬り掛かった。
「おつかれっす〜。近付いてくれる方が強めに吸えるから、ありがたいっす〜」
な?!
真っ黒で硬そうな幕のような物が、賊を包んだ。
あんなの、今の今まで無かったのに?!
「――構わん! 魔法の類だ! 攻撃を続ければ魔力を減らせる! リーゼンロッテ様に繋ぐのだ!」
「そうっすね〜。精製と、あたしの体の強さは別なので〜、鋼鉄の壁を作ったところでって問題はあるんすよね〜? ……解決済みですけど」
騎士様達がガンガンと叩く黒い球体の向こうから、賊の声が響いてくる。
案外薄いのかもしれない。
もしくは魔法攻撃が効いているのか。
これはチャンスだ!
「テッド! あたし達も行こう! 今しかないよ!」
「…………待て、アン」
なんで?! 生き延びる云々は負けた時の話でしょ? 今行かなきゃ負けちゃうよ!
皆、死んじゃうよ?!
身を呈して阻んでくるテッドの顔を見つめた。
――――青白い。
「なん……?!」
「魔力だ、魔力を吸われてる。ヤバい。これは……魔法使ったせいか、余計にキツい。師匠の修行で慣れてるけど、あと一発が限界だな。今、唱え終えたこれで最後だ。まだだ……今、行くな。あの人は…………俺達に水をくれたからだ。魔法攻撃には参加してなかったけど、魔力がギリギリだった」
キール様のことだ!
テッドも見ていたのだろう、そして自分の変調と共に早くも結論に達したのだ。
「ボーマン様!」
早く伝えなきゃ!
「ぐっ?!」
な……?!
まただ。
また突然現れた真っ黒な鎖が、ボーマン様達を締め付けてしまった。
黒い膜が消えて、中から――――最初に現れた時のまま動いていない黒ローブが姿を表した。
その深い緑色の瞳には、既に騎士様達を映していなかった。
決着を待つかのように、ただリーゼンロッテ様達を見据えている。
リーゼンロッテ様とポニーテールの賊との戦闘は、常軌を逸した物と化していた。
既に姿を追える速さになかった。
幻のように揺らめいたかと思えば、瞬きの間に消えたり映ったり……。
しっかりと見えるのは互いの剣が交差する時のみ。
火花と業風を撒き散らし、残光と斬り結ぶ音だけが、その存在を伝えてくる。
押しているのか、押されているのかも分からない。
一際大きな金属音が響いた。
互いに距離を取った二人の姿が現れる。
リーゼンロッテ様は……無傷だ! 凄い!
その光り輝く姿からも魔力の減少に対する影響は無いように思えた。
対するポニーテールの賊は、細かな傷が体中に付いてて……ほんの少しだけど出血も見られた。
「……技は貴方に軍配が上がるようですが、どうやら総合的に強いのは私のようですね」
そう言いながら、リーゼンロッテ様は周りの状況に視線を走らせた。
相対するポニーテールの賊は――しかし何故か未だに笑顔だ。
「ふぅ…………いいわね! 七剣! そうこなくっちゃ! つまんない仕事だったけどハリが出てきたわ」
「強がりにしか聞こえませんね。既に勝敗は見えました。これ以上は付き合えません」
「……これからがイイところなのに?」
「これから友人との約束がありまして……悪いのですが、お別れです」
呟いたリーゼンロッテの持つ聖剣が更に輝く。
光量を増す剣から、甲高い……どこか鈴の音のような、もしくは何か引っ掻くような音が聞こえてきた。
「それが、彼の有名な『
「貴方が最後に見る光です」
凄い…………あれは、きっと凄い。
段々と増していく光と音に、あの攻撃には
……既に劣勢な賊が、これを見逃しているのは何故なのか?
きっともう何も出来ないんだ、きっと……!
台座に座る黒いローブの賊も、禍々しい大剣を構えるポニーテールも。
その光が溜まり切るのを待っている。
ニヤニヤとしているポニーテールの賊が口を開く。
「ふぅ~…………久々ね。―――『死活生』」
「……既に一年使ってるんですよ〜?」
「――――更に一年……いいえ、二年使うわ」
「先輩の後継を探しときますね〜?」
――――何かが強く脈打った。
「――――――――待っ!」
リーゼンロッテ様とポニーテールの賊が同時に踏み出したところまでしか分からなかった。
――――なんで止めようと思ったのかも。
爆音と太陽が落ちてきたみたいな光が場を満たした。
視界を焼かれ、耳を潰され、頭がクラクラした。
近くにいるテッドが、あたしを守るように立ちはだかっている。
目が、耳が、頭が……元に戻ったのは何十秒も経ってからだった。
「――! ――――ーゼンロッテ様! 戻るんだ!」
テッドが叫んでいる。
台座には黒ローブの賊。
光の中心点だった所にはポニーテールの賊とリーゼンロッテ様。
皆、生きている、まだ誰も死んでいない。
「ハアッ、ハアッ、ハアッ、ハー……」
息切れ激しく悶ているのは――――ポニーテールの賊の方だ。
その大剣に、もたれ掛かるようにして呼吸を整えている。
リーゼンロッテ様に息切れはない。
そして――――その手には聖剣も無かった。
呆然と、敵を目の前にして、ただ立っている。
――剣は……! リーゼンロッテ様の聖剣……!
直ぐさま周りを見渡した。
――――あった!
明後日の方へと飛ばされたのだろう、地面に突き刺さる聖剣を見つけた。
一も二もなく駆け出すのを、今度はテッドも止めなかった。
「リーゼンロッテ様! 離れろ! 『
テッドの魔法が放たれる。
リーゼンロッテ様の眼前で、炎の柱が立ち昇る。
あの魔法は『僅かな残炎』とは逆に、内に収縮する炎の柱だ。
対象が大きかったり魔物の群れ相手だと、影響範囲が狭くて使い勝手が悪いと嘆いているのを聞いたことがある。
でも人間相手なら、とっても有用だ。
あとでドゥブルさんに感謝するべきだよね!
足止めに放った中級魔法に魔力を吸われて、テッドが倒れる音が響いた。
――届いた!
聖剣を掴んで振り向く。
間に――――
「――――もう一回やってもいいんだけどさ?」
剣の柄をリーゼンロッテ様のお腹にめり込ませながら、ポニーテールの賊が言った。
リーゼンロッテ様の体から力が抜けて、まるで人形のようにへたり込んだ。
「戦意が全く感じられなくなったじゃない? この子。私的には遠慮したいわ。塩の抜けたスープみたいなものだもの。分かる?」
気が付けば、残っているのはあたしだけになっていた。
賊の視線があたしに集中する。
…………逃げなくちゃ! そう言われてたもん!
頭で分かってはいるのに、あたしは掴んだ聖剣を構えていた。
何処かで甲高い音がする……。
「気絶は良きっす〜。全員吸い殺してからの方が後々楽そうなんで。意外と広いんすよね〜、この遺跡」
逃げなきゃ、逃げなきゃ、逃げなきゃ。
「う〜ん……残念。貴方も結構良さそうなんだけど、
引き絞られていく本能に比例して、聖剣の柄を握る力が増していく。
リーゼンロッテ様に比べると僅かな光。
闇夜で手元しか見えないような光が瞬いた。
聖剣から漏れた青白い光があたしを伝っていく。
「……
「黙っててニケ。今、面白いところだから」
賊の声が遠くに響く。
そう、遠くだ。
息づく程の近くから、あたしの中から、隣りから――――
頭に声が落ちてくる。
囁き掛けてくる。
これが聖剣…………。
……お願い、お願いお願いお願いお願い!
「貴方がリーゼンロッテ様の剣なのは分かってる! でも……今だけ力を貸して――――
あたしは唱えた。
語り掛けてくる剣の名を。
――――――――
―――――――――――第七章 完
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます