第361話


「ダメじゃ」


 懐かしさを覚えたことと、ほんのりとバレているなら……と思ったことで漫画を読んでいくことを提案、秒殺。


 …………いやね? 何故かは大体分かるけど。


 姫様も本の虫ヲタク気質なのか「数日では済むまい」なんて溜め息を吐いているだけに……いやあ? それはどうだろう?


 流石に日を跨ぐつもりはなかったけど?


 この子ダメだ。


 ともすれば俺より重症だもの。


 これに粘ればどうにかなりそう押せばイケると思えたことが、俺の危機感をより刺激した。


 ミイラ取りがミイラというかミイラになって見つかる未来まであるよ。


 まだ出口すら見つけてないのに。


 そんな思惑もあり、すんなりと断念して出口探しを継続。


 ……ハードカバーの著書が並ぶ棚では、姫様の方がピクリピクリと反応していたから尚の事。


 なんて書いてあるか知らんが、ここはインテリには危険過ぎる地帯のようだ。


 むしろ『魔物出てこい』と思うぐらいには。


「これもある種の罠でしょうね」


「否定出来んな」


 いやいやいや……でも言うて赤点が命に関わるとなれば誘惑を断ち切って試験勉強をやるさ。


 俺達だってバカじゃ……。


「むむむ!」


 姫様が流し見ていた書架の中から、気になる著書でもあったのか二度見。


 は、早く抜けねば! 死んでしまう(迫真)?!


 俺も青春時代を過ごした思い出のアレなんか出てきた時には我慢が出来ないだろう! それは我々が背負うペルソナだから仕方ないとしても!


 「死して悔い無し……!」とか言っちゃうんだ、俺知ってるんだ。


 しかも体まで若いとなれば合わせて一本だよ?


 ――――青春のバイブルとも呼べる思春期がコンビニじゃ買えない本が出てくる前に! この魔窟から抜け出すんだ!


「生きねば……!」


「……なんぞ少し必死過ぎる気がするが、まあよい。やる気があるのは良いことじゃ」


 壁際に到達。


 そこには『地震があったら最高の死に方が出来るなあ』と思える本の壁。


 少しずつズレて階段状になっていることからしても、一番下の本棚の裏とか気になるデッドスペースだ。


「この列の裏とか怪しくないですか?」


「妾には裏にも本棚がありそうな気がしておるが……」


 それは間違いない。


 何処かに裏側を見れそうな所は……。


 手の平から発する光と光球で辺りをグルグルと探索していると、露骨にレールを引かれている本棚を発見。


 しかも隣りには珍しいことに空きスペースの壁。


「……」


 グッと力を入れて本棚を握ったのは言うまでもない。


「これ、気をつけいと言う……」


 姫様のお小言の間にも本棚は滑らかにスライド。


 明らかな扉が出現すると共に姫様も黙った。


 キャスター付きの本棚はそこそこあったので、これは別に扉を隠していたわけじゃないと思う。


 それにしてはあっさりし過ぎてるもんなぁ。


「……これも訪い人の知識かの?」


「なんかこれで頷くのは気が引けるんですが……」


 もっと他に凄い知識無双とかあると思うんだ。


 ……まあ「魔晶石があるけど?」なんて一蹴されちゃう物が大抵だけど。


 そう思うと厳しい異世界スタートだよなぁ。


「本当なら石鹸とかリバーシ辺りで一財産築けちゃうんですよ」


「お主のその伝わらなくても喋る癖はどうにかならんのか? 一から説明せいと言うに」


 姫様の手前、扉に耳をくっつけて向こう側の音を聞いてみる。


「一からと言われましても……」


 会話を継続しながらの作業だ。


 …………分からん、大丈夫じゃね?


 そもそもからして鍵無しのレバーハンドル。


 扱いが自宅の一室レベル故に罠の危険性とか判断出来ないよね?


 姫様の呆れたような声が背中から響く。


「最初からじゃ。生まれも生まれ、覚えていることから申してみよ。……訪い人の思考は妾にとっても興味深い。聞けるものならば聞いてみたいと思うておった」


「油に苛性ソーダを混ぜて作るんですけど、油脂の種類によって出来る石鹸の質が……」


「そうではない」


「まず八掛ける八のマス目を用意します。これは携帯出来る木製の物なんかが……」


「そうではない」


 えー? せっかくの知識チート披露チャンスなのに……。


 じゃあ、いずれ行く時はと覚えていた知識を何処で役に立てろと言うんだ! 話が違うじゃないか?!


 ちなみに初めて作った石鹸は、一度として使われることなく実家の何処かで眠っている筈だ。


 いや……だって…………既製品には敵わないじゃん?


 如何にも『話しながらも警戒しています』というていでレバーハンドルを慎重に倒す。


 出たとこ勝負がバレないようにとは思っているので、真剣には変わりないよね?


「生まれと言うておろう? お主の考え方を、思考の成り立ちを理解したいのじゃ。言いたくないことを無理に聞くつもりはないが……暇潰しがてら、話しても構わぬことは話してみぬか?」


 扉の向こうは細い通路になっていた。


 最初に壁をぶち破った時の通路よりも細い。


 上には似たような電灯があるのだが…………こっちはタイプが違うのか、扉を開けたところで点くことはなかった。


「話しても構わないものだけ、ですか?」


「そうじゃ。言いたいことだけで構わぬ」


 そりゃあ……。


 聞いて欲しい愚痴が無いこともないけど。


 どう考えても頭おかしいからなぁ。


 俺、実は生まれる前の記憶があって……そこで生きた俺は別世界からやってきた人間なんだ!


 とか。


 …………想像するだけで病院に行けちゃう、なんなら幻痛すら食らうんだけど?


 それを排除したうえで、当たり障りのないことねぇ……。


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