第355話 *アン視点


 たぶん……だけど…………たぶん、なんだけど!



 ――――すっごくマズい……と、思う。



 既に何回目の休憩か分からない休憩中。


 騎士様達はともかく……とうとうリーゼンロッテ様までもが喋らなくなってしまった。


 暑さに重さ。


 リーゼンロッテ様が使う剣の能力だという光の柱に包まれている間は、これが和らぐ。


 でも、だけ。


 決して無くなるわけじゃない。


 テッドなんかは『火』の魔法を使うからか、暑さをハンデとしないけれど……他の人達は違う。


 装備を軽量化するために厚手の服を着込んで来た事が裏目に出ている。


 だからと言って脱ぐわけにもいかない。


 軽鎧は急所こそ覆われているものの、軽さを重視しているせいか露出が多く、全身を覆う甲冑とは比べものにならない。


 厚手の服は最低限の守りなのだ。


 通路に魔物が出ないからといって、賊が居る遺跡の内部で守りを捨てるような真似が出来るわけもなかった。


 幸いにも気温の変化には上限があるのか、これ以上は暑くならないようだった。


 良かった――――とは言えない。


 内が駄目なら外とばかりに、今度は『重さ』があたし達の体温を上げていく。


 重さは、人や物の区別なく等しく全てに降り掛かっているみたいで……。


 より重たい物を持っている人の方が、よりキツいことになっている。


 …………つまり騎士様達の方がキツい。


 あたし達よりも上質な盾や鎧は、そこまでの重量の違いは無いそうだけどゼロじゃない。


 しかもあたしが扱うショートソードと違って、騎士様達は自分の体格に合ったロングソードを持ってきている。


 ……見るからに重そう。


 戦闘を考えると誰かに預けるわけにもいかない装備類だ。


 それが確実に救助隊の体力を奪っていた。


 暑さに耐性があるテッドでさえ重さの方には参っている。


 もう……だいぶ前から走っていない。


 ……あ、あたしはまだ走れます、とか言える雰囲気でも無くなっちゃって……。


 ど、どうしよう…………誰か何とかしてー?!


「――――それで……姫様の位置は?」


 頭をグルグルさせていると、隣りに座るボーマン様から休憩の度に繰り返される質問がまた掛かった。


 ボーマン様も既に汗だくで満身創痍だ。


 なのに毎回毎回、あまり間隔が空いてなくとも聞いてくる。


 向こうの進む速さからして、こっちよりも大丈夫そうなんだけど……。


「あの……大丈夫ですか? 先に水を飲んだ方がいいんじゃ……――すいません!」


 ジロリと向けられた目に反射的に謝ってしまった。


「…………構わん。それより……姫様はどうだ?」


 息も絶え絶えな筈なのに……ボーマン様は自分よりもお姫様のことを心配されている。


「あ……えと、大丈夫です。たぶん、階段を見つけたんじゃないかなー、って……思います」


 グルリと円を描くように動いていたレンの気配が、たぶんだけど……この遺跡の中心に向かうように動いている。


 虱潰しに周りから調べて階段が無かったのかなぁ……と思える動きだ。


 レンは、本人はそうと思ってない節があるけど運が悪い。


 お祭りのクジ引きに至っては一度も当たりを引いたことがない。


 あれ、二個に一個が当たりなんだよねぇ……何年も皆で一緒に回ってるのに、レンが当たっているところを一回も見たことがない。


 割と女の子の間ではレンの『運無い説』は常識として知られている。


 テッドなんかは逆にハズレを引いたことが無いんだけど。


 そんなレンだから階段を探り当てたのも最後の最後なんだと思う。


「…………そうか」


 ボーマン様の返す言葉には力が無い。


 でも、その表情には安堵していると分かる笑みがはっきりと浮かんでいた。


「――――お姫様が心配なんですね?」


 気付けば自然と口を開いていた。


 ……………………あ?!


 今の物言いは絶対に失礼だったよね?! これヤッちゃった?! ヤッちゃったかな?!


 慌てるあたしに再びボーマン様の視線が刺さる。


「…………心配か。当然ながらそれもある」


 ボソボソと喋るボーマン様の声は、少し離れて座る騎士様達には聞こえないかもしれない。


 前方の警戒込みで離れているあたしの所に、毎度やってきて同じ質問をするボーマン様。


 自然と休憩する時の距離は近くなった。


 あたしにだけ届く掠れ声を聞きながら、腰の水筒を取り外す。


 ボーマン様の目が虚ろだ……! お水と……出来れば装備も外した方が……!


「ボーマン様……お水! お水飲みましょう!」


「ああ……分かっている。……自分のがある」


 いいや無いよ?! ボーマン様、さっきの休憩の時に取りに行かなかったから!


 水筒の蓋を開けてボーマン様に差し出した。


「あ、でも出したんで! これ! 良かったら飲んでください!」


「…………そうか」


 リーゼンロッテ様の負担を減らす意味でも、個別だった光の柱は三方に分けられている。


 前方はあたしとボーマン様だけなので水の遣り取りも可能だ。


 グビグビと、余裕もなくなったボーマン様が水筒から直接水を飲む。


 幾分か目に生気が戻ったけど…………これは誰がどう見ても限界だと思う。


「……しかし、それだけでもない」


 ボーマン様の呟きに首を傾げたのは一瞬で、直ぐに先程の続きを話しているのだと分かった。


 …………続けた方がいいんだよね? 会話してた方が……いい、の?


 ああ、分かんない?!


「騎士とは、剣だ」


「は、はい。あの……『国の』ってことですよね?」


 レンが話すお話で似たようなことを言ってたし!


「……いいや、違う」


 違うの?!


「それも一つの騎士の在り方であることには違いない……が、騎士とは『忠誠を誓う剣』なのだ。己が信条を、命を、人生を、主人に捧げる……。剣であり、盾であり、鎧である……。主人の形は、それぞれだ。人であったり、物であったり……国もそう。信念や生き方を貫く者もいる」


 ボーマン様の言葉が――――耳を介して全身に響く。


 自らの命を差し出して己の有り様を示す騎士の姿が網膜を焼く。


「…………忠誠と武勇を胸に生きる、それが騎士だ。そこにあるのは、単純な心配だけでなく……主人の全てを、あらゆる危難から守るという……弱き者へと手を差し伸べという…………そういう『生き方』なのだ。それが魂に根付くまでに昇華された者を、騎士と呼ぶ――」


 ボーマン様が立ち上がる。


 ふと気付けば光の柱が消えていた。 


 増した筈の重さを感じさせずに――――ボーマン様は毅然として背を伸ばされていた。


「そして私は、ヴィアトリーチェ・アルサルス・ジ・ラグウォルク第四姫殿下の騎士である。――それが全てだ」


 呆然と見上げるあたしに、が水筒を差し出してくる。


 これが騎士様。


 これが貴族様。


 これが……。


 水筒を受け取ると、ボーマン様がしっかりとした口調で言った。


「進め、姫様の元まで。……案内を頼む」


 それは覚悟した人の言葉。


 だからあたしも、気負うことなく、言葉に詰まることなく、自然に返事が出来た。


「はい」


 後ろを気にしながら進むのをやめよう。


 それは余りにも失礼だから。


 立ち上がって進む騎士様達は、テッドも含めて誰も戻ることを提案しなかった。


 凄いなあ、騎士様。


 凄いなあ、男の人。


 もっといっぱいお話したいと思った。


 騎士について、もっといっぱい理解したいと思った。



 ――――でも、その機会は無くなった。



 これが最後の休憩になったのは、追っていた賊の足跡に変化があったからだ。


 今まで一度としてなかった変化――


 足跡は――――『部屋』に向かって伸びていた。


 『入ってこい』


 そう言われている気がした。


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