第352話


「……こんにちはー。輜重隊の者ですけど、食料品のお届けに上がりましたー」


「お主やっぱり色々と変じゃの」


「姫。私のような小心者は、こうでもしないことには未知へと飛び込めないのです」


 あ、今、道と未知を掛けたんだけど……。


「早く上がるといい」


 はい。


 ハッチを開いた先に広がる暗がりに、自らへの発奮を含めたノリの良さを演出。


 しかしこれが高貴なお方には通じなかったらしく……。


 まあ仕方ないよ、子供で姫様なんだもん……決して若者とのジェネレーションギャップではないと信じたい。


 だって今がナウで若いから……取り戻した肌艶があるから!


 やたらと分厚い金属製の蓋の先にある空間に、魔法で灯した光球を先行させる。


 何者かがいるような気配は無いが……自動甲冑という前例もある。


 態勢の不利も含めて警戒しておこう。


 抱っこされるコアラのようなポーズの姫様を抱えながら、照らされるハッチの先に頭だけ出してみた。


 湿気と埃と黴――――そして紙の臭い。


「…………ここは、あれですね」


「……うむ。書庫、のように見えるのう……」


 そう、覗いた先にある光景は、幾多にも及ぶ本棚の群れだった。


 洞窟と打って変わって、突然元の世界にある図書館に迷い込んだような雰囲気だ。


 リノリウムに見える床と、整然と並んだ本棚。


 休憩所のように四角く切り取られた空間には、座り心地の良さそうな椅子や、本を積むには適した机なども見受けられる。


 グルグルと光球を操って確認したところ…………どうにも罠のような感じはしない。


 ハッチが重かった(語弊)ことからも、本来なら幾度となく通り抜ける場所ではないのかもしれない。


 へし折れた金属片に引っ掛からないようにしつつ、体を穴から持ち上げた。


 無事に床に足を着き、姫様を体から降ろすと思わずといった感想が漏れる。


「どうにも様子が違いますね……」


「うむ。ここしか行く道が無いと思うておったが……本来なら降りるように想定されておらんのかもしれぬ」


 そう言って、姫様が確認したのはハッチの表側だった。


 釣られるように視線を寄せれば、灯りに照らされるそこには取っ手のような物は無く……。


 ともすればただの床にしか見えなかった。


 暗い中で落ちてもいけないと思い、ハッチを押せば……ズズンと鈍い音を響かせて元の鞘へと収まる。


 散らばった金属片が無ければ、そこに穴があったとすら気付かない程の床っぷりであった。


 継ぎ目も無えとか、どうなってん?


 ペタペタと確認するようにハッチの境を触る姫様。


「……見事な技術じゃ。と、同時に『ここを隠しておきたい』という意図も透けて見える」


 まあもう壊れちゃったから開けようと思えば開けられるけどね。


 もしかしたら非常用だったのかもしれない隠し階段は、誰かが壊した金属片のせいで、その居場所すら明らかになってしまった。


 本来なら一目どころか何百回と見返したところで只の床にしか見えなかっただろう。


 鑑定スキルを持っててもスルーしちゃいそうな床だもの。


「…………とすると、隠してあったのは妾達が上がってきた空間の方か……」


 意味深に呟いている姫様には悪いが興味が過ぎて相槌も打てない。


 無無、とか言っとくかな。


 なんて呆然としていたところ、いつの間にか振り向いていた姫様が白い目でポツリ。


「……お主、もう少し隠す努力をせぬか」


「正直が唯一の取り柄でして……」


「……嘘つきめ」


 いいえ、全く?


 生まれて始めて酷い言葉を投げかけられた子供のような表情でショックを表現していたら、姫様の目が細く冷たくなっていったので早々に降参。


 本題をポン。


「とりあえず上へと急ぎませんか?」


「……もう少し感慨や探究心を持つべきじゃな。これだけの謎が広がっておるのじゃぞ? しかもここは遺跡の内部じゃ。下の空間はともかく、この書庫に至っては妾でも価値が分からん程に高い。これだけ保存状態が良く、そして量も多いとなれば……」


「綺麗な泥団子の作り方、とかが一冊どころかシリーズ化されて置いてありそうですよね」


「お主には全く夢がない。見た目を誤魔化てはおらぬか? 実は長寿種族ではなかろうな? 新しく見つかった種族だと言われた方がまだ納得出来るぞ」


「実は私、人間でして……」


「ユーモアのセンスも無いの」


 ハハハ、ええい、こうしてくれるぅ。


 溜め息を吐かんばかりのお姫様を再びのお姫様抱っこで歩き出す。


 抱えられた姫様は夢見がちな歳頃のくせに平然とした表情で口を開く。


「なんじゃ? ずっとおぶわれておったから、別に疲れてはおらぬぞ?」


「いえ、こうでもしないと『ちょっと一冊……』とばかりに屋台を広げそうだったもんで」


 俺、知ってんだ。


 そこから掃除が手に着かなくなるパターン。


 もうそこそこ時間も経ったことだし、一分でも早く帰らないといけないと何故分からないのか。


 偉い人には分かんねえんだ、タイムテーブルってやつが。


 チラリ、姫様の視線を感じる。


「……………………一ページぐらい良いのではないか?」


「ダメです」


 それで終わった試しがねえんだ、俺知ってんだ。


「妾、王位継承権第五位なのじゃが?」


「俺なんて今生が不幸な人間第一位です」


「そう堅いことを申すな。妾とそちの仲ではないか? 構わぬ、楽にしてよいぞ? 良きに計らえ」


「では地上まで運びますねー?」


「むぅ……。お主、中々に融通も利かぬな? 妾の教育係と似たような雰囲気を感じるぞ。そんなことでは、あやつと同じく婚期を逃すことになるぞ?」


 婚期云々は言うんじゃねえよ、こちとら現世も前世も魔法使いだっつーんだよ。


 謝れ、全世界の独身に貴族を付ける見栄っ張り共と俺とその教育係さんに!


「いえいえ、ご心配には及びません。近々近くの村からわんさか押し寄せる予定ですんで。モテ過ぎて困っちゃう予定なので?! …………まだ行ったことない村もあるから、まだ希望は残ってる筈だから……まだ、まだ」


 脳裏に浮かぶ自称ぽっちゃりさんが良い笑顔で親指を、消えろ。


「もしや結婚相手に困っている口か。ふむ。――――妾が相手を見繕うか?」


 地を蹴った足が空中にて鈍る。


 ――――まだだ! まだ流れは途切れちゃいない!!


 強い意志の力で次の一歩を踏み出した俺は兵士の鑑。


 どうせ……。


「どうせ貴族なんでしょ?」


「む。確かに妾の紹介ともなると、少なく見積もっても子爵家の次女といったところになるが……」


 ハッ! ほーらね? 思った通りだ。


 そんなハニトラに掛かる程……



「……しかし別邸におる平民出のメイド――」


「詳しく」



 メイドさんが、なんだって?


 足は完全な静止をみた。


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