第351話 *そして踏み込む男視点


 騎士共の文句も外気が上がるにつれて減っていった。


 単に暑くて喋る気になれないだけかもしれんが。


 続々と各所に散りばめていた部隊を、何の目的の為にこんなバカっ広くしたのか理解出来ない入り口に集めて、随時地上へと帰していった。


「……本当にいいのだな?」


「どうせ無くなる首でしょう?」


 わざわざ忠告してくれるバドワン殿を手振りで地上へ続く縄へと促した。


 残っているのは七剣様の騎士団と王族守護兵。


 一部が忌々しそうな目で見てきたが、邪魔をしてこなかっただけ分別があるんだろう。


 しかしどれだけ暑さが増そうとも決して鎧を脱がないところを見るに、撤退に抗議を示しているようだ。


「さあ、次は騎士様方もどうぞ」


 まあ、知らんがね。


 口火を切ったのは七剣様の騎士団の副隊長だった。


「ヘクトール大隊長。貴殿の判断の軽重を今は問わぬ。ディラン領領軍の指揮権も、遺跡探索に置ける判断も、貴殿に預けられている。これはリーゼンロッテ様もお認めのこと。我等としても口出しは出来ぬ」


 、ね。


 散々撤回を要求してきたことは口出しと言わんらしい。


 貴族ってやつは……。


「では帰って貰えますか? 出来ればその重そうな装備を脱いで……」


「しかしそれは領軍に関することである」


 ……ああ、来たよ……全く。


 内心を隠しているのはどちらもだろう。


 苛立ちと焦燥を隠して――副隊長が告げる。


「我々リーゼンロッテ様の騎士団とロイヤルガードの指揮権は貴殿には無い。違うか?」


「違いません」


「ではこれより、我々は我々の判断で行動させて貰う。ここまで戻り、領軍の無事を見守ったのは……貴殿の判断を尊重してのこと。同様の対応を我々にも求める」


 つまり『行かせろ』ってことだろ?


「どうぞ?」


 同じ軍の者がいなくなったことで人の目を俺は、ぞんざいな手振りで入り口を指した。


 これには丁寧な対応を取っていた副隊長も憤懣遣る方無いと青筋を立てた。


 しかしまさか即断するとは思ってなかったのか、困惑と怒りでどちらを吐き出すべきか躊躇している副隊長に向かって、一瞬だけ早く告げる。


「どうせおたくら全員死ぬんで」


 ヘラヘラとした――――なるべく相手の癪に障るような笑い方を心掛けて喋った。


「きっ――――!」


「待て! …………何故そう思う」


 一方で激し掛ける部下を手振りで制した副隊長は、こちらの態度に何を思ったのか一瞬で冷静さを取り戻して問い掛けてきた。


 なんだよ……流石に優秀だな?


 しかし持ち直され掛けているのは副隊長のみと考えて演技を続ける。


 なるべく普段通りの口調を心掛けようと口を開いた。


「だってそうだろ? 暑さは段々と増してんだ。なのに遺跡の深部へと向かう? どう考えても自殺行為だね。付き合ってられねえよ」


「ッ……我々には魔法がある! お前なんぞと一緒に……」


 我慢ならぬと口出しをした部下を、副隊長が一睨みして黙らせた。


 『ここからは私が語る』と念押しする副隊長の視線に、武器すら手に掛けていた他の騎士が引いていく。


 感情の抑制は良くないぜ? 見本が目の前に居るだろ?


 再びこちらへと向けられた視線は……しかし刺すような鋭さが加わっていた。


「……貴殿の言い様にも一理ある。しかしこちらの言い分とて理が存在する。そう、我々には魔法があるのだ。『風』にて暑さを紛らわしつつ、『水』にて渇きを潤しながら進めよう。これは貴殿の考え得るどの方法にも属さない――」


「気は確かか?」


 勢いを失い掛けている火に燃料をぶち撒ける。


 聞いてられないと耳の穴をほじくる俺に、何人かの騎士の顔が赤く染まった。


 あと一押しってところだな……。


 今だ自制を利かせる副隊長に――――しかし口を閉じてむっつりとしている黙ってしまった副隊長に続ける。


「あのな? 状況がよく分かってないようだから教えてやるが…………この遺跡はまだ。暑くなる前に、よく分からん言葉が聞こえてきただろ? あれは遺跡の部屋にあった武器を得た時にも聞こえてきたそうだ。その後の接敵も、罠……だと思われる状況も、全て共有しただろ? それが魔物も罠も無いと思っていた通路で起こったってことは、今だこの遺跡が何者かの管理下を離れてないってことを示唆してる」


 内容は割とまともなことを言っていると思うのだが、もはや聞く耳を持たぬ騎士達は、中身よりも態度を優先しているのが見てとれた。


 よしよし、いいぞいいぞ。


「何者かがまだ生きてるとは言わないが……遺跡がまだ外敵を排除する機能を有してるってのは一目瞭然だろ。言われないと分かんなかったのか? じゃあそう言ってくれよ、丁寧に説明してやったのに」


「――――止めよ!」


 突然の副隊長の怒喝は――――俺じゃなく、詠唱を始めた騎士に向けられていた。


 


「ッ…………しかし!」


「騎士が言い訳を口にするな。そもそも……こやつのと何故分からぬ」


 …………あーあ。


 勘付かれたか。


 すっかりと落ち着いてしまった様子の副隊長へ声を掛ける。


「てっきり怒りに打ち震えているものかと……」


「貴殿の突然の変わりように、疑問を持たぬ訳があるまい。……些か冷静さを欠いていたことは認めるがな」


 溜めていた怒りを空気に溶け込ませんと、副隊長は長い吐息を吐き出した。


 未だ状況が分かっていない騎士に向かって副隊長が種明かしをする。


「こやつは自らの命を差し出して、我々を地上へ上げようとしているのだ。……私も理解するのに少し時間が掛かった。見上げた精神である」


「どうせ無くなる命ですからね……」


 後々気付いてくれるなら、もしかしたら家族への助命も叶うかも、という打算含みの行いだったが……。


 今度は目論見が上手く行きそこねた俺が溜め息を吐き出した。


 こちらを見ながら副隊長が続ける。


「ここでこやつを殺せば……釈明のために我々は地上へ上がらざるをえぬ。いつまでも帰ってこぬ隊長を不審に思い、降りてきた兵士が死体を見つければ、報告は伯爵の元へ行くだろう。実際は違うのだが……最悪、今回の件と一緒くたにされかねん。それは貴族の名誉を汚す」


 騎士の一人が反論に口を開く。


「それは……誰かが残り、降りてきた兵士に釈明すれば……」


「なんと釈明したところで、という報告は免れんだろう。見聞きしたままを考えよ。どう思う?」


「…………」


「そう。侮辱されたことを伝え、騎士の作法に則るのなら、こやつと共に地上へ上がる必要がある。よしんばここでこやつを殺したとしても、釈明は速やかに地上で行うべきだろう。からな。状況が悪過ぎる。……全部策だというのなら、貴殿は中々の知恵者だ」


「全部バレた後なので、なんとも……」


「貴殿の立場も加味されよう。貴殿はリーゼンロッテ様から軍の指揮をするよう預かっているのだ。我々の勝手で殺したとなれば、軍を纏めるためにも……やはり上がる必要がある。ディラン領騎士団も上に居るとなれば尚更だ」


 驚いたものに変わった騎士達の視線が、再度溜め息を吐く俺へと突き刺さる。


「しかしそこまでバレてるということは……」


「うむ。我々は行く。邪魔をしてくれるな。貴殿の心意気は買った。しかし我々は既に仕える方死に方を決めているのだ」


「……あんまりやりたくなかったんですが、自殺するって方法もありますよ?」


「我々に手を出させるという状況が肝要なのだ。我々の装備やなるまい。……すまぬが既に知った。我々は貴殿に手を出さぬ」


 本当に貴族ってやつは……。


 どいつもこいつも強情だ。


「では…………お供します。実は既にバドワン殿には事情を話してあります。上は……上手く纏めてくれるでしょう。とした方が、騎士様方も仕える方と再会した時の言い訳になるでしょうから」


「…………かたじけない。……いや、しかし――」


 言い淀む副隊長の言葉を割って、突然体が重たくなった。


 何かが変化したとかではない――――ただ体の重さが変化したのだ。


 いや……どうやら体だけじゃなく持っている装備の重量すら増しているように感じる。


 おいおい、こりゃ腰に付ける剣帯すら重いぞ……! 他の奴らはどうなんだ……?


 突然の変化に周りの反応を確認した。


 流石は騎士というだけあって、膝を曲げるだけで耐えている騎士達だったが……どうやらそれ相応にはキツいようで突然の事態に声を無くしている。


 どうやら変化は全員に等しく訪れているようだ。


 足を開いてバランスを保った副隊長が声を上げる。


「…………ッ! ……これは?」


「……そうですね。とりあえず……――装備を変える必要があるみたいです」


 思わずと上がった疑問の声に、最優先でやるべきことを伝えてやる。


「……貴殿は平気なのか?」


「着ている物が軽いから……ですかね? どうやら持ってる物の重さも変わってるみたいです」


 魔法が使えない俺とあっては、暑さが増したことで早々に装備を軽くしていたことが功を奏したのか、軽く膝を曲げるだけで済んでいた。


 にしても…………。


「……やっぱり、やめませんか?」


 逃げ腰な提案が口を衝くのは仕方ないことだろう。


 明らかにヤバい施設だぞ、ここ?


「…………いいや、行く」


 何するものぞと膝を伸ばして立ち上がってみせる副隊長に、三度目になる溜め息を飲み込んだ。


 これが貴族の矜持とやらなのか?


 ……だとしたらうちの一族のタフさも、貴族と言われればそうなのかもしれないな。


 …………後ろの方で指揮するだけが隊長の役割だと伝え聞いた話は、やはり戦場に数多ある与太話の一つだったようだ。


 ああ、クソったれ。


 ツイてねえ。


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