第350話 *やっぱりツイてない男視点


 主犯を取り逃したが、王子の遣いを謳っている奴らは無事確保した。


 ――――しかし、だ。


 姫様は落ちた。


 ……落ちた場に七剣様も居たという理由で、なんとかならねえもんか。


 無理だな、着いたのは落ちてからだった。


 絶対に首を切られる。


 大峡谷へと落ちていった姫様の身分を思えば、それが一人で済めば御の字だろう。


 むしろ慈悲深いとすら思われそうだ。


 それでも逃れられない立場の奴はいる。


 誰か?


 俺だ。


 ……そりゃクビになりたいとは思ったさ? しかしそういう意味じゃなかっただろ?


 どうやら幸運を司る女神様は親父のことは名前で覚えていても、俺のことは『親父の息子』程度の認識らしい。


 この場の最高責任者ってのは、されている騎士団でもなけりゃ、落ちていった姫様でもない。


 嫌な事実だ。


 …………せめて妹だけでも見逃して貰えねえかなあ……兄貴の子供は無理だろうけど。


 野盗にでも身を落とそうか?


 なんだかんだで親父の方は無事に済みそうな気がして、やや投げやりな思考に陥っていたら、またも襲撃を受けた。


 これは俺の運の無さを嘆くより、誰か死神に好かれてそうな奴を探すべきじゃないか?


 残念ながら俺は戦場で『まだ時期じゃない』と見放されたことからも違うと分かる。


 酒場で机を引っくり返したような騒ぎに、野郎共が暴発しないようにと纏めていると……七剣様が戻ってきて言った。


「殿下が生存している可能性があります。直ぐに遺跡に潜るので随行員を――――」


 これに幾つもの手が次々と上がる。


 その殆どが騎士。


 流石だ。


 どう考えても只の自殺で俺にゃ真似出来ねえ。


 何故か意気揚々と手を上げるブランドンの腹に拳を埋めて黙らせていると、目の前の光景に七剣様が溜め息を吐き出した。


「……私が決めます。当然ながら指揮も私が取ります」


「リーゼンロッテ様!」


「お静かに。貴方方が忠誠を誓っていることは重々承知しています。その意味も。されど私にも受け継がれている血脈です。……あまり好きな言い方ではないのですが、私の命令を聞くことに『問題無い』でしょう?」


「……」


 沈黙を決め込む……恐らくは一番身分が高いとされる姫様付きだった騎士。


 成り行きを見守ってはいるが……少しばかりに香ばしい匂いが漂い始めている。


 聞くべきや、聞かざるべきや……。


 逃げずに済んだのは七剣様が俺の名前を挙げなかったからだ。


 しかし――


「この後の動きについても指示します。総司令官は前に」


 別に仕事が無いわけでもないらしい。












 全隊を纏めて半数以上で遺跡に潜っている。


 ブランドンは置いてきた、要らねえわアイツ。


 今更ながらに遺跡から出土した剣と盾の経緯を聞いたからだ。


 姫様が来るっていうバタバタで報告がおざなりになっていたのもそうだが……『出土』って報告もおかしいだろ?


 遺跡の内部は少し先を見通すのも困難な程に暗かった。


 用心しつつも進ませている中隊から斥候が戻ってきて告げる。


「ヘクトール大隊長! また別れ道です!」


「足跡があるだろ? 遺跡の探索と言いつつも、俺達の目的は退路の確保だ。……退。部屋には触るなよ。余計な被害が出る」


 そういう訳だ。


 やや投げやりになっているのは認めよう。


 だってどう考えても死んでるからだ。


 姫も、なんかアホ程に強い農民徴兵も。


 探索という形で遺跡を進ませているのは、この後に待つ帳尻合わせのためだ。


 あの姫様なら口裏を合わせてくれるからと『何も無かった』ことにすると大見得を切った七剣様。


 さすが、国の最高戦力である七剣様だ。


 イカレてる。


 勿論、姫への殺害行動や暗殺未遂、その他の妨害については正式な抗議と罰を求めるそうだが……。


 姫様が大峡谷を落ちたことは秘すると言う。


 秘するも何も遺体がありゃ奇跡だろ。


 「だから大丈夫です」と笑っていた七剣様に『あんたの頭が大丈夫じゃない』と返すところだった。


 七剣様は見てなかったから……絶壁に張り付いてるか、似たような遺跡の入り口を見つけて潜り込んだとでも思っているのだろうが、それはありえない。


 吹っ飛ばされてるのだ。


 この反対側の崖も霞む大峡谷の中程へと。


 せめて反対帝国まで飛ばされてりゃ可能性もあったかもしれない。


 砂粒ぐらいのやつが。


 しかしどう考えても無理があるだろ? 遺跡の奥に潜ってどうすんだよ。


 という説明も無しで。


 七剣様は姫君と仲が良い方と言っていたから……もしや動揺されているのかもしれない。


 見た目はまだ成人仕立ての小娘だからな。


 だからといって、自殺に付き合う趣味は無い。


 そこに利が無ければ。


 …………どうするかなあ?


 悩む俺に難事が続く。


 肌に纏わり付くようだった冷気が、急に暑さを増したのだ。


 気付いてる奴は少ない。


 それもこれも行軍時の体温の上昇が原因だろう。


 ハア…………やれやれだ。


「中隊長各位」


 俺の呼び声に応えて二人いる副官の両方が顔を向けてくる。


「全軍撤退するぞ。殿しんがりは俺。急げ」


「は? …………あ、いえ、了解!」


「りょ、了解!」


 間の抜けた面もそこそこに、直ぐさま返礼を返せたのは教育の賜物だろう。


 問題は騎士連中だ。


 最悪斬られることになりそうなんだが…………誰か話を聞いてくれそうな奴っているだろうか?


 ああ……偉いって面倒だぜ。


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