第349話 *とことんツイてない男視点


 なんで姫とやらが来るんだよ……。


 目まぐるしく湧き起こる難事も、兵卒である以上は上に報告する義務がある。


 村人の喧嘩から王子の遣い、警備に空いた穴に間諜の可能性。


 報告書に上げるのは勿論のこと、つぶさに現状を伯爵へと伝えていた。


 そりゃそうだ。


 元より一兵卒が限界の俺の才能としては手に余る。


 命令されて突っ込んでいくだけが能の兵士だった頃は良かった……。


 危険度は断然高く、消費される盤面の一駒にしか過ぎなかったが……余計なことを考えなくていい。


 「生き残った……」と街に繰り出して酒を飲みながら上官の悪口を言うことの甘美さよ。


 選択を誤ったなと感じたのは、伯爵との遣り取りをするための伝令――急ぎの伝令が続いた時だ。


 ――――珍しく仰々しい敬礼をする伝令兵が、ややもすると緊張しながら伝令書を渡してきた時だ。


 …………からの形式じゃねえか、冗談ならやめてくれ。


 嫌な予感に後押しされながら『至急』の言葉に負けて渋々と伝令書を開いた。


『ありがたくも第四姫殿下が勇敢なる兵士達の激励へ参る』


 ありがた迷惑の間違いだろう?


 間諜を絞り込む為に指令系統への伝達手段の変化を試みていた時だった。


 こっちの予定とか聞いて、まずは食事から徐々に距離を詰めるのがベターなんじゃないか? これじゃ嫁の貰い手も減るぜ。


 心の内を読まれたら間違いなく七代まで遡って処刑されるようなことを思いながら、これからの予定を全部取り消して王族を迎える準備を進めた。


 期日は今日だという。


 即断即決、果断にして深謀遠慮な姫様だと聞いていたが。


 お転婆にして辛抱も遠慮も無い姫様の間違いだろ?


 碌に食事もしてない筈なのに悪い物を食った時のように、胃がキリキリと痛んだ。












 備えは無駄にならなかった。


 ――――注意を引いてやがる。


 流石に貴族なのか演技力はあったが、冷静に考えれば企みがついえるのは間違いなかった。


 だから狙いは明らかだ。


 耳目を己へと集めている――――


 これだけ警戒されて、王族守護兵ロイヤルガードすら間にいるのに……まさか姫君を殺せるなんて思ってねえだろ。


 しかし目の前に居る姫様のカリスマもあって――――誰もが魅入られたように成り行きを見つめている。


 バドワン殿すらそうだ。


 何か……マズい流れを感じる。


 俺の備えは攻撃を受けること……つまり襲われることを中心に組み立てている。


 俺が、だ。


 それに『他者を守る』という要素を加えるんなら、相手を先に見つけ出す必要があった。


 咄嗟に脳裏を過ぎったのは――――警備の穴を見つけたと言ってきた農民徴兵。


 何故なのかは分からない。


 強いて言うなら勘だ。


 思い出す――垢抜けない、どこにでも居そうな村人の態度。


 緊張感はあった――


 しかし教養があったのか酷く不味いことだと理解もしていた――


 それでいて他人事のような兵士らしい気楽さもあって――



 ――――――――何より泰然としていた。



 トラブルに慣れている。


 いやトラブルを気にしていない?


 もしくは――――


 誰もが見つめる王族主演の観劇から視線を剥がして、警備の抜けを報告した奴がいる輜重隊へと目を向けた。


 ――……いねえ!


 咄嗟の声を上げる間もなく――――


 事態は一瞬の結末を迎えた。


 本当に王族の遣いなのかも怪しいローブ共が、いつの間にか持っていた火晶石や剣で試みた弑殺は、想像通り一瞬で取り押さえられた。


 問題はその


 万が一を考えられて現場から遠ざけられる姫様にあった。


 引き絞って放たれた矢のように、が飛び出してきた。



 黒い幕が引かれる。



 そこで劇は終わりを迎えた。


 正規兵と黒ローブが…………ぶつかり合っていた。


 正規兵は輜重隊を任せる兵士の一人で女性兵士。


 知った顔だ。


 黒ローブは姿を確認せんとしていた農民徴兵だ。


 疑った顔だ。


 しかし位置関係に違和感があった。


 それじゃまるで……。


 空白が脳裏を埋め尽くす。


 溢れた疑問が場を満たす。


 どっちが……いやまず何が? 何処から? 間諜? 何故? 何を?


 疑問と衝撃と混乱が己を支配する中で、王族守護兵の一人が『どうでもいい』とばかりに目的不明の両名を切り払おうとした。


 しかし宜もなく届かない。


 舞台劇のようでもあった会話劇から引き戻されると――化け物共の饗宴が始まった。


 これが現実だと突き付けんばかり。


 自分の命が瀬戸際にあるというのに、どこか突き放したような態度を取れる姫様は、やっぱり王族ってことなのかもしれねえ。


 平然と化け物共と会話をしやがる。


 少なくとも俺には無理だ。


 それを証明するかのような爆発が起こった。


 咄嗟に身を伏せていたのは条件反射のようなもんだ。


 戦場では気にするもなく後ろから魔法が飛んでくる。


 ここも――もう、そうだ。


 確認出来た火晶石の大きさからして少なくない死傷者が出たように感じたが、その被害は音に見合わない物だった。


 衝撃に呻く姫様付きの騎士共から視線を流して、周囲の確認に努める。


 いた。


 ――――あの一瞬でか? ふざけんな!


 随分と距離を取っていた化け物共に、給料をハタいて買った魔道具の起動を始める。


 ――――なんのために働いてんのか分かんなくなるぜ!


 少しも待つことなく、両者が動いた。


 姫様を抱えた農民徴兵が、女性兵士からの一撃を受けたのだ。


 予想だにしなかったのだろう。


 俺もそうだ。


 女性兵士が地面に突き立てた剣が地を割った。


 崖を抉るように地面が滑り落ちていく。


 飛び上がる農民徴兵の頭を押さえるように、今度は風の魔晶石が猛威を奮った。


 凄まじい速さで奈落へ飲み込まれていく農民徴兵。


「――――なあああああ――――あああ?!」


 再び地面に伏せて魔晶石の脅威から逃れつつ聞いた叫びは……。


 どこか余裕があるようにも響いた。


 …………化け物イカレ共め。


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