第345話 *ドナドナ次男視点


 住めば都とはよく言ったもんだ。


 転属に継ぐ転属で幾度となく職場を変えてきた。


 昨今においては、とうとう棺桶に片脚を突っ込んだような戦場で、何故か一個中隊を纏めるという立場にあっただけに、あそこに比べれば何処だろうとマシに違いないという心持ちだった。


「一軍を率いろ」


 バカ言ってやがる。


 親父と兄貴に嵌められて赴いたディラン領とやらは、ハーテア領と同じく王国の北にある領邦なのだが、その位置が東と西に別れていて、領の趣きはだいぶ違ったものになっていた。


 ぶっちゃけ田舎だ。


 ……残念ながら性に合うんだよなぁ、あ~あ。


 領土だけ見れば侯爵位であってもおかしくないディラン領は、しかしその大半が人の住める土地ではないという領邦だった。


 まず北限。


 国程にデカいと言われる森が、人を受け入れる場所として存在していなかった。


 なにせそれだけの森だ、いくらでも魔物が湧いて出る。


 理由としては直ぐ南に広がる荒野もそうだろう。


 同所にあって流通の不便が祟り森を切り拓くことすら出来なかったのが、この領の実情だ。


 冒険者から貴族へと成り上がった初代のディラン男爵には悪いが、面倒な僻地を厄介者へと押し付けたってのが実際なんじゃないかと思ってる。


 貴族社会のあれこれに、成り上がりなんていい的なんだろうさ。


 代々を軍属としてきた兵士の家系である我が家も、騎士爵どころか男爵になったことでそれを実感していた。


 まあ貰った領地は、むしろありがたいぐらいだったがな。


 当代が代々『冒険者ディラン成り上がり者』と呼ばれるぐらいには、この領は冒険者で溢れている。


 というか揶揄されている。


 そりゃそうだろう。


 一代で冒険者から貴族に成り上がるなんて鼠が熊に化けるぐらいの奇跡なのだから。


 しかしそこそこ歴史も付いてきている貴族家が未だ『成り上がり』呼ばわりはどうなんだ?


 どういう訳か、歴代の当主は問題にしないというし。


 面子が何より大事な貴族社会で、ナメられるような二つ名は逆効果だと思うんだがな。


 まあ、そこらは末端の指揮官に収まるだろう俺には関係ないことだ。


 この領邦は、今が春だ。


 初代のディラン男爵が騎士団という名の、かつてあった冒険者クランを率いてダンジョンを攻略したのは有名な話だ。


 無開発の僻地を開発する金を手にいれると同時に、ダンジョンがあると冒険者を集めて街を作った――


 初代はかなりの切れ者だったんじゃないかと思う。


 それまでのディラン領は、領境に細々と村を繋ぐ……男爵領としてもかなり手狭で扱いにくい領地だったと聞く。


 ダンジョンが領地のど真ん中にあるにはあるが、そこまでの交易点や流通ルートが無ければ儲け話にはならない。


 今でこそ多くの村と四つの都市を持つが、それも初代ディラン男爵の賢策があってこそだろう。


 持つ奴は持ってる、うちの愚痴親父とは大違いだ。


 もしかして初代の話と、うちの現状を重ね合わせての青田買いをしようってんなら……残念ながら損な買い物であったと言うしかない。


 めちゃくちゃツキ過ぎて逆に運が悪いまであるのは親父であって、俺じゃないからだ。


 村々を渡りながら上官になる予定の当代のディラン子爵に会いに向かった。


 正直……性に合う、いい領地だ。


 過去の僻地も、住めば都とは言い得て妙なとこだろう。


 素朴とも言える暮らしだが村人に活気があって若者は中々に無謀。


 どことなくうちの領地に似ている。


 もしかすると先方もそういうところを思って俺を買ったのかもしれねえ。


 …………どういう話を聞いてるのか知らねえけどさ、そんな大した奴じゃねえからな?


 派閥入り――――というか繋ぎとして送られた俺は、当然だが未だに貴族籍にある。


 ということは一兵卒としてではなく指揮官としての役割を求められているのだろう。


 変に高い地位じゃねえといいけど……なんて少し自意識過剰かね?


 アットホームな感じで……『なんとなく気が合いそうだから末席に据えとくか』とか、そういう心積もりをしてくれてりゃいいなと自分勝手に思いながらディラン子爵と会った。


 結果は一軍を纏めろというもの。


 ディランはイカレてんな。


 この領は飛ぶ鳥を落とす勢いで頭角を表している。


 貴族社会にあって派閥を持つことなく横の繋がりだけを意識して生き抜いているのも強さの表れだ。


 そこに再度のダンジョン攻略。


 継いで聞こえてくるのが根を張ろうとする犯罪組織の撲滅。


 ダンジョンの深奥にあった宝物は、国王陛下の覚えも良いと聞く。


 まさに世の春。


 今が繋がり時と媚を売り娘を突き出す貴族にはいとまがない筈だ。


 なのに国の反対側にある弱小男爵家の次男を引っ張ってくるだあ?


 最初はバランスを保つためかとも思った。


 婚姻がと考えるに足る理由だろう、くれるんなら兵力を寄越せってやつだ。


 しかも俺みたいな使貴族の子弟というのは、中々に珍しく使い潰したところで問題とされない傾向にある。


 戦争がいい例だ。


 喰らいついてくるハイエナ共の予防線として――――という考えもあったわけだが……。


 目の前に立つ……恐ろしく机が似合わない日に焼けた肌の偉丈夫は本気も本気の口調で俺に言った。


 …………言ったよな? 幻聴じゃねえよな?


 『一軍を率いろ』って。


「大マジだ」


 まだ何も言ってねえだろ……。


 見つめ返してくる金の混じった茶色い髪で青い目のディラン子爵は、似合わない書類の束を机の上に放り出して続けた。


「テメェ、隠してる口か? それとも運が良いのか? テウセルスのバカ騒ぎを年単位で生き抜いてやがるな? 近年の戦争に至っては、自分の隊とは別の冒険者編成の愚連隊まで纏めてやがる。しかもあの祭りにゃ『死神』まで現れたと聞く。直に刃を交えてオメェぐらいだろう。こりゃ偶然か? それとも女神の寵愛幸運だったとでも言う気か?」


 全部運が良かったで説明がつく…………のは、うちの家系だから言えることだ。


 他所様からはどう見えるのか……それも今のディラン子爵の視線が証明してくれている。


 ……なんて言やいいんだよ…………その通り偶々の偶然なのに。


 『嘘を吐いたら殺す』とばかりに強い視線をぶつけてくるディラン子爵に、柳に風と凪いだ湖面のような表情で答えた。


 何も考えずに。


 いつも通りに。


「運が悪かったから……ですかね?」


 ツイてねえ、ってな。


「あ?」


 あ。


 ……やべ。


 どうにでもなれと答えた解答はディラン子爵の表情をキョトンとしたものに変えた。


「…………フハ、なんだそりゃ……ククク、ワッハッハッハッハ!!」


 続けられた爆笑にどうしたらいいものかと直立不動で居続けた。


 悪いな兄貴、どうにもならんかもしれん。


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