第346話 *ディラン領領軍一個大隊隊長視点


 どうしてこうなった?


 親父の晩酌時の口癖が俺の胸にも浮かぶ。


 これが血統と呼ばれるものなら、うちの血は早いところ絶えた方がいい。


 死ぬって意味じゃなくて爵位を剥奪されるって意味で。


 安全かつ穏便に平民に戻る方法とかねえかなぁ……。


 練兵に明け暮れる担当部隊の様子を偉そうに眺めながら遠い目をしている。


 千人。


 バカなんじゃねえの?


 ともすれば十人でもオタオタしているような指揮官に、アホな戦場が百を越える兵士を任すのも仕方ないと思っていた。


 それがバカの極地戦争だからだ。


 しかしまともな貴族が俺のようなナンチャッテ貴族に一個大隊を預けるわけがない。


 そう思っていた。


 だから結論。


 バカなんじゃねえの(ディラン)?


 なんだ? 代々兵士の家系ってところを買われたのか? それとも死神とやらと踊ったことを勘違いされたのか? え? どうなんだ? 誰か俺に説明してみろよ? おお?


 うちは先祖代々、一兵卒…………


 それが何より安全で安定して稼げるのだから、下手に冒険者で夢を見るより堅実な選択だろう。


 賢いご先祖様には頭が上がらねえや。


 親父が手柄なんぞ上げたばっかりに貴族なんてのに叙されちまったが、本来なら唯々諾々と兵士を続けていた家系だ。


 だがそれも昔の話。


 貴族籍なんてもんが俺の肩書きに付くことになったお陰で、兵士を続けていくのにも色々と面倒な選択肢が生まれることを今は理解している。


 国が保有する戦力を大別すると三つぐらいに分かれる。


 国軍、領軍、騎士団、この三つだ。


 国軍というのは、そのまま国が運営する軍隊で、国のあちこちに派遣されることが多い。


 母数も最大で給料も安定。


 しかし職に就くにあたりある登用試験が難しく、また採点基準も厳しい。


 一度合格さえ貰えれば、その家系での登用がしやすくなるので……わざわざ断わって別の職に就くにはリスクが高くなる。


 だからってわけじゃないが兵士の子が兵士になるのは一般的普通だ。


 ある程度まで功績を積み上げれば爵位に叙されることもある。


 尚の事、職を離れ難い作りになっている。


 うちの親父の代でそれが叶ったとなった時は、親父もまだ純粋に喜んでたんだがな……。


 国軍の要職は爵位持ちしか務められない規則があった。


 そのため要職に持ち上がるための陞爵が行われる。


 貴族籍にある兵士は、要職を狙って国軍に務めるのが大抵だ。


 俺もここに属していた。


 しかし今、籍を置いているのは領軍になる。


 領軍というのは、その領の領主から給料を貰う立場の兵士だ。


 命令系統が国から領主に切り替わるだけで、あとは大体似たようなもんだが……こちらは幾分緩やかな窓口を設置して兵を集めている。


 規律や給料は、その領によってまちまちだ。


 しかし最大の違いは、その領から何処かに派遣されることがないってことだろうか?


 要職は爵位持ちじゃなくても成れる。


 …………お陰様で大隊長だ、どうかしてんな世の中は。


 成れることには成れるんだが……箔付けなんてもんもあるせいか、隊長関連は有名どころが名を連ねるのが慣例だ。


 大手柄を上げた地元の兵士、名を売った引退冒険者、それこそ流れてきた貴族籍。


 ……ああ、俺も貴族か。


 だったらしょうがねえ、ってか。


 残すところの騎士団ってやつは、俺には関係ないところだが……。


 実家には関係しそうなので覚えている。


 騎士団。


 それは騎士爵位以上の貴族が持つことを有される戦力。


 領軍と似たところもあるが、こちらは精鋭を纏めるのが常だ。


 爵位持ちの騎士は、団を起こした隊長だけでもいいのだが……金を持ってるところは面子を大体貴族で揃えてある。


 つまりは全員が魔法使いという一大戦力だ。


 だからめちゃくちゃ金が掛かる。


 なんせ騎士団の給料は起こした当人が払うらしいので、爵位持ちを面子にいれるなんて木っ端貴族にゃ暴挙の沙汰だ。


 結局は高位の貴族だけが持てる戦力だろう。


 例外があるとすれば『七剣』。


 国が保有する最大戦力である『個人』なのだが……この七剣が騎士団を起こす場合の給料は国が払ってくれることになっている。


 騎士団を起こす起こさないは当人の判断となるが、起こさない判断をする奴なんているのかね?


 起こし得だろう? どう考えても。


 騎士ってのは大抵誰かに忠誠を捧げるもんだ。


 それは国か個人かの違いで、似たようなもんだと俺は思ってる。


 騎士団に入る騎士は何かしらに忠誠を誓うんだという。


 誓って初めて『騎士』と呼ばれる。


 だから騎士爵じゃない騎士には実は平民もいるんだが、あまり知られることはない。


 それこそ騎士団の創設に関われる立場じゃなければ学ぶ機会なんてものもないだろう。


 どう考えても俺にゃ無縁だが、兄貴の代わりを果たす可能性もあるとして昔に教えられた限りだ。


 他にも細かな決まり事がある。


 例えば、国軍に居る以上は領軍との同籍は認められないだとか、国軍に入れば騎士団を起こす権利を失くすだとかだ。


 こっちはどう間違ったところで無縁に無縁を重ねる代物なのだが……どちらかと言えば命令系統の区分けのために知っとけって感じだったな。


 関係ないと思っていた知識だが……何処でどう役に立つか分からんもんだ。


 少なくとも眼下に見える千人の中では一番偉い立場ということで、与えられた指導要領に基づいて練兵をこなしている。


 どうも対人戦、対魔物戦においての不安は少ないようなのだが……集団としての動きに拙くあるのは、この領の気風が原因だろう。


 小隊単位では目覚ましくとも、千人単位では難しいといったところか。


 …………どうするかな。


 模擬戦として行われる他の大隊との対戦で、連戦連勝を重ねる日々が過ぎていた。


 ……どっかで適当に手を抜かにゃ、早々に厄介事が迷いこんできそうな気がすんだよなぁ。


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