第344話 *求職中男爵家次男視点
ツイてない。
それが俺の人生なのかもと疑い出したのは最近になってからだった。
テウセルスとデトライトの『仲良くすりゃいいだろ』という戦争が終わって幾星霜。
互いが互いの肥沃な大地を狙った戦争は、片方の奪う物が無くなるというしょうもない終わり方を迎えた。
渾身の部隊強化に周辺貴族への根回し。
挙句の果ては『七剣』なんてもんを巻き込んでの決戦。
ハーテア領の領主様が『ここが人生の
見事、吉報を手にする――――までは良かったのだが……。
散々おあずけを喰らっていたご馳走を食い逃す結果となってしまった。
まあ、俺らみたいな末端の兵士にゃ預かり知らないことだ。
しかし戦争が終わったとなれば『戦後』が訪れるのも道理。
『決着したら』と切っていた手形に戦勝報酬、遺族への見舞い金に獲得した領地の整備費用。
…………なんなら戦っていた方が金が掛からなかったんじゃないかという内容だ。
内勤じゃなくて良かったとは戦後に浮かんだ感想である。
それまでの『俺は内勤で良かった』という貴族子弟の慌てた面だけが、この戦争で得た報酬に思えた。
影響は内だけに留まらず。
当然、俺達ハーテア領領軍も今までと同じようにはいかなくなった。
これまでの逐次投入であった兵隊も、戦争が無くなければ
一先ずは、と占領したデトライトの警備なんてのを担当していたんだが……。
領軍が警備なんかするよりも、冒険者に討伐の仕事を回した方が遥かに安価だという判断が下ったのだ。
それはそうだろう。
回されてくる兵士には貴族もいる……なんなら俺もギリギリそうだと言える。
ハーテア領が交わした国との契約は『デトライトとの戦争に対するバックアップ』であって、自領に対する警備までは含まれていない。
当然ながら損耗を補填するのは自腹。
水が低きに流れるが如く――――ハーテア領領軍の軍縮が決まった。
なにせ
攻める目的も無くしたこちらには、長々と軍を維持するのも無駄な経費に思えたってことだろう。
となるとクビが出るのが当たり前。
下から数えた方が早い家格の出で、碌に手柄も上げていないとなれば、俺が放逐されるリストに乗るのも仕方ないことだった。
むしろ晴れ晴れとしたね。
当初よりの知り合いは軒並み死んじまったし、俺が受け持っていた隊の保障や受け入れ先も既に決まっていた。
俺の指揮官としての手柄……つまりは戦功に対する話は出なかったが、隊員達の戦勝報酬はぶん取ったので文句はなかった。
晴れてお役御免だと使いどころのなかった金で、テウセルスにあって一度として行く機会のなかった店を貸し切って副官を含めた兵士と飲み明かしてから――――別れた。
これで今日から
家に帰ったところでという思いはあったが、一度どうしても家族の顔を見たくて兄貴が当代となった男爵家へと帰ることにした。
心配なぐらいに痩せていた兄貴は元の体重を取り戻せただろうか? 生意気なぐらいにお転婆な妹は嫁ぎ先が決まっただろうか? 親父は相変わらず愚痴を肴に酒を飲んでいるのだろうか?
溜まっていた鬱屈が、とき解れるように家族への心配へと姿を変えた。
親父とは良い酒が飲めそうだ、と途中で土産を購入したのも昔の話。
これが最初の失敗だった。
大して変わることのない家族の出迎えに、懐かしさよりも安堵を覚えた俺は、暫しの休息期間だと実家に逗留した。
おふくろの遺影に祈りを唱え、親父との晩酌に愚痴を添えて、妹の稽古相手をしながら、次の仕事は何をするかと考えていた。
兄貴の仕事に手を出さなかったのは、貴族の諸々が絡めばたとえ兄弟と言えど厄介なことになると学んだからだ。
代わりとばかりに兄貴の息子と娘とは遊んでやったが、あくまでプライベートな面での交わりだ。
流石にこればっかりは親父からのお小言もなかった。
「やっぱり冒険者かなー」
「ぼ、しゃ!」
新たに生まれていた姪をあやしながら、貴族籍を返して冒険者になることを考えていた。
なんのかんのと死線を越えてきた経験が、冒険者なら活きるのではないかという判断だ。
なにより気楽なのがいい。
ギルドという上役というか括りのようなものは存在するが、その仕事の自由度は『己の命優先』なところがあるし。
軍属のように肩肘張らない生き方は性に合っているように思える。
「なー?」
「うあいー!」
兄貴の家族が住む別宅で、姪を持ち上げるようにして遊んでやっている時だった。
珍しく早く仕事を切り上げて部屋に帰ってきた兄貴が「ちょっといいか?」と俺を呼んだのだ。
夕食に誘うような気軽さだった。
なんの疑いもなく兄貴に付いて行き――――執務室にて地図を広げられた。
話の内容は妹の嫁ぎ先について。
「あー、そういえばそろそろだなぁ」
「ああ。あいつもあと二年もすれば成人で、そろそろ嫁ぎ先を決めておく必要がある」
「……普通に寄り親の伯爵様の系譜でいいんじゃないか?」
貴族間の婚姻は、その関係性の強化を図るために行われる。
そのため寄り親となる貴族に連なる方が、俺の家のような木っ端貴族には安心だろう。
下手に横の繋がりを作れば貴族社会からの爪弾きに遭うこともある。
派閥ってやつだ。
「いや駄目だ」
「なんで? 何も伯爵婦人になれってんじゃないぞ? 伯爵様が抱える騎士爵の誰かか、もしくは同じ男爵家の誰かとでも良縁を結んで貰えば……」
「いいや駄目だ」
「だからなんで?」
「嫌いなんだ、寄り親の伯爵」
何言ってるんだろう、この兄貴?
フー、と溜め息を吐き出す兄貴に溜め息を吐き出したかった。
ん? なんて? なんて言いました? 男爵閣下?
「もう全然合わない、俺と欠片も合わないんだ、あの
一人称が『私』じゃなく『俺』に戻ってるし、なんなら今の『白豚』ってもしかしなくても伯爵様のことか?
沸いたか? うん? 頭沸いちまったのか、兄貴?
相手は貴族の中の貴族、大貴族の伯爵様なんだが?
どうする……我が男爵家存亡の危機だった。
還俗して冒険者になろうとした矢先に、実家の存続が危ぶまれている。
なんで今になって心配になるようなこと言うんだよ!
「頼む……頼むから大人しく、いや貴族らしくあってくれよ」
「いいや無理だな。ついては――――」
…………なんだ?
兄貴が指差したのは国を表した地図の北の果てだった。
『ディラン領』
「ここと友誼を結ぼうと考えているんだ。昨今のダンジョン攻略の情報からも子爵の勢い強く、近々陞爵も有り得ると私は睨んでいる」
「……うん、まあ。兄貴が男爵家の当代なんだから、どういう舵取りをしようとも俺はなんも言わねえけどよ。せめて親父には話しておけよ? …………大体なんで俺に」
「それはお前が当事者だからだ」
…………うん?
疑問も露わに見つめる俺を、夕食の献立でも言うように平然とした表情で見つめ返してくる兄貴。
「派閥の鞍替えは危険を伴う行為だ。まさか妹をこれに巻き込むなんて、兄一同としては出来ないだろ? そもそも、そんなあからさまに繋がりを作ったら離反が早々にバレるじゃないか。それに先方が欲しがっているのは嫁じゃなくて指揮官らしくてな? うちに戦場上がりが居ますと説明したら一も二もなく頷いてくれたんだ。無職の弟に新しい職場も斡旋出来て……我ながら名采配だと思うな」
「ハッハッハッハ……」
よし、このクソ兄貴。
久しぶりの兄弟喧嘩は、兄貴の圧勝で幕を閉じた。
原因は倒れる俺の目の前に転がった酒瓶だろう。
見覚えがある。
自分で買って、親父に渡した物だ。
だからってわけじゃないが、そこそこの値段が頭に浮かび……勧められたこともあって口にしていた。
……自分の弟に一服盛るか? 普通……。
どこまでが計画通りなのかは知らなかったが、目を覚ますと既に車中の人だった。
ツイてない。
本当にツイてない。
…………なんで俺はあんな家に生まれたんだよ?!
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