第343話 *アン視点
進みが遅くなるのは仕方がないことだった。
「これは賊の罠でしょうか?」
「……考えられますね。しかしだとしたら……」
「賊は、見つかったばかりのこの遺跡の内部に詳しい……ということになりましょうな」
三度に及ぶ休憩を終えて、四度目となった休憩中だ。
リーゼンロッテ様とキール様達との遣り取りを聞くともなしに聞いていた。
近衛騎士様達とテッドは、消耗が激しいのか当初と違って口を開かない。
……ボーマン様だけが口を開かずとも目をギラギラさせている。
うちの領の騎士様達も、口を開いてはいないけど…………これは体力を温存しているのだろう。
よく考えれば最初からそうしている。
たぶんだけど……長丁場を予想していて、その経験も豊富なのだ。
そろそろ危ない…………のかな?
出発から五時間ぐらいが経過している。
もうすぐ日を跨ぐ時間だと思う。
心身共に疲れ切っている体が睡眠を求めても仕方ない時間帯だ。
本当ならしっかりと休んでから動いた方が、体のキレもいいと思う……。
しかし事情が事情なだけに、せめてお姫様の安否を確認するまではと全員が無理を承知で頑張っていた。
襲われるなら今だ。
そう思う。
レンの気配は、まるでこの遺跡の大きさを表すかのように下の方をグルリと周っている。
階段を探してる……? にしても迷いない動きだねぇ……。
恐らくは何らかの方針が定まったんだろう。
割とあれこれ悩んだり、なんだかんだと理屈を吐いたり、他に方法が無くとも渋ったりするレンの考え方としては早い方。
……お姫様、一緒なのかなぁ?
あたしの考えるレンは、そんな碌な方針なんて考えたりしない人だから、誰かが一緒の可能性というのは高いだろう。
……だってレンが好きとする畑仕事にしても、仕事そのものを目的としているようで、その後にあるお金や生活には割と無頓着な態度を見せたりするのだ。
子供がお金に興味を持ち出した時期に、その使い方と価値を教え始めるのが普通の家庭。
なのにレンに限って言えばいつまでも言い出さなかったお陰で、レンの親があたし達に相談するぐらいには困っていた。
レンって…………変な子供だよねぇ。
既に成人、『だった』と言うべき過去のことながら、その振る舞いが脳裏に蘇る。
まず家の手伝いが好き。
これは絶対変だ、変態だ。
間違いないと思う。
だってレンなんて年下のくせにあたしより早くから家の手伝いをしていたらしいのに、嫌がる素振りを見せるどころか喜々としてやってたもん。
あたしもやるようになって分かったけど、あれは楽しいことじゃない。
地味で、汚れて、疲れるし、楽しくない。
収穫した野菜を嬉しそうに積み上げるレンに首を傾げた回数も数知れない。
何が楽しいのか、さっぱりだよ。
しかも野菜だし。
お肉やお魚のことはレンだって勿論好きなのに……収穫までに時間が掛かる野菜を、何故か満面の笑み――にしてはやや気持ち悪い感じの笑み――を浮かべながら育てるのだ。
根っからの農家はそういうもんなのかなぁ、なんて思っていたけど、他のおじさんやおばさんは普通にしてるんだから……やっぱりおかしい。
そりゃ多少は嬉しそうにする人もいるけど、レンのことを話したら「あれは気狂いじゃろ? 一緒にせんでくれ」って言われるし。
放っておいたら一日中仕事するのもおかしいよね?
本人にしたら「え? だって仕事あるならしなきゃ……」といった理由らしく、不思議そうな顔をされるのだ。
そのくせお駄賃には興味無いなんて……そんなことある?
…………なんか考えれば考えるほど、おかしいと思うことが掘り起こされていく。
そういうものだって考えていたし、他の子だって変なところの一つや二つあったから……気にも止めてなかったけど。
エノクはそうでもないけど……マッシは食べる量が明らかにおかしいし、モモだって赤ちゃんなのに物怖じしないといったおかしな特徴があった。
……モモ、赤ちゃんの時にドゥブルお爺さんや神父さんの髪の毛とか髭とか抜いてたんだよね……赤ちゃんの時のことだから「うそ! やってないよ!」って言うけど。
テッドやチャノスだって、村にあって百人に一人と言われる魔法の才能を持っていたし。
ターナーとテトも、だいぶ変な性格だし。
皆が皆、少し
それが普通。
でも――――レンのおかしさは、方向性が違う……そんな気がするのだ。
他の子やあたしのおかしさが個性と呼べるなら、レンのおかしさは…………チグハグなものだ。
仕事好きで無欲。
世話焼きのくせに無頓着。
言い訳がましいのに行動する時は誰にも言わない。
そうだ。
自分のことは、って思ってそうなのだ……まるで他の子供を棚上げにして、自分はいいからと――――
それはまるで……まるで…………?
……なにかなぁ? あと少しで浮かびそうなんだけど……。
レンの言動を思い返してみる。
嫌そうな顔で遊びに付き合うレン。
そのくせ全力で相手をしてくれる。
ブチブチと文句を言いながら木の下に待機するレン。
なのに誰かが落ちないかと見上げる表情は真剣だ。
剣の修行を興味無いと断わるレン。
でもあたしが怪我をしたと聞いたら直ぐに駆け付けてくれる――
そういうのを……そういう人を――――なんて言うんだろう?
まるで――――
「――――アン? 聞いていましたか、アン?」
「……え? …………あ、ああ?! すいません! ちょっとボーっとしちゃいました! ごめんなさい?!」
「構いませんよ。突然の暑さにここまでの強行軍で疲れが出たのでしょう。水を――」
「だい、大丈夫です! 大丈夫です! 喉は全然渇いてないので?!」
休憩中に呟かれた騎士様の言葉が脳裏を塗り潰す。
リーゼンロッテ様に給仕をされて下手されるわけにもいかないもんね!
それでも罪に問われるのはこっちかもしれないのだ、まさか機会を与えるような真似をするべきではなかった。
心配そうな表情のリーゼンロッテ様に、無意味に腕を動かして元気さをアピールする。
「……そうですか? でもあまり無理をせず、疲れた時は言ってくださいね?」
「はい! でも本当に大丈夫です!」
疲れたかどうかで言えば、あたしはそこまで疲れていない。
それは本当だった。
「そ、それで? えと……聞き逃したことをもう一回聞いてもいいですか?」
この話題は不味いと話を元に戻したあたしに、リーゼンロッテ様が真剣な表情を向けてくる。
「アン……――何か異変を感じませんか?」
「……え?」
…………なんだろう?
レンの気配――は、相変わらず動いている……問題無さそう、じゃあ光壁の外の暑さ……も変わりない……よね? 景色が僅かに歪んで見えることからしても、間違い無さそう…………あとは?
そこで周りの騎士様達の様子と――――僅かに感じる違和感に気付いた。
疲れてない。
そう。
あたしは疲れていないのだ。
なのに――――
「体が…………重くなってる……?」
「やはりそうですか……」
リーゼンロッテ様の呟きは、溜め息と共に吐き出された。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます