第342話 *アン視点
長く感じた階段も、降りてみれば高さはそれ程じゃなかったように思える。
一つ下の階層の入口は、上の階層と同じような通路が伸びていた。
違うとしたら一点だけ。
「……なんかここ、暑い? ですね」
「……なんだここは?」
流石のボーマン様でも『気にせず進め』と言わない程に、この階層に入ると暑さを感じた。
ここまでの道程は地下遺跡というだけあって、冷たく湿気を帯びた寒さが道々に漂っていたが……。
そこにこの突然の暑さである。
ちょっと暑い、かなぁ? ……ううん、めちゃくちゃ暑いかも。
下手すれば夏の日中のような暑さを感じるばかりか、閉塞感も相まってそれ以上といった印象がある。
思わず足を止めたのも、この遺跡の広さを考えれば正しい危機感だ。
自然、視線がリーダーへと向かう。
頷きを持って応えたリーゼンロッテ様が、『
「一旦階段へ戻りましょう。キールは『水』を生んで下さい」
「ハッ!」
騎士様の一人がリーゼンロッテ様の指示に恭しく礼を返すと、魔法の詠唱を始めた。
休憩みたいだ。
「いや、戻っても意味無いと思います、リーゼンロッテ様」
下がろうとする一団を、最後尾で警戒していたテッドが首を振って止めた。
体力が減ったせいか口数が少なくなっていたテッドが、階段を降りるペースが緩やかだったお陰で復活している。
テッドの突然の反論にリーゼンロッテ様が聞き返す。
「何故です?」
「後ろも暑いんですよ。階段内も。暑さから逃れるためなら意味ないかな、って思います。あと……気温は急に上がったんじゃなくて、徐々に上がり続けてます」
火属性の魔法使いの意見だ、まさか疑う余地に少ない。
一番汗を掻いていたテッドだから、余計なこと信憑性も高いように思われた。
いや、それよりも。
「……上がり続けている?」
「はい」
再び聞き返すリーゼンロッテ様でも、一瞬だけ口にするのを躊躇うような内容だった。
ここまで走ってきたせいで、誰もがその体温を上げている。
気付くのが遅れた原因の一つで……危機的状況を加速させる要因でもあった。
ど、どうしよう?! え? まだこれ以上暑くなったら――――
リーゼンロッテ様が聖剣を抜く。
「全員、その場を動かないように。――――『
リーゼンロッテ様が剣を構えると、あたし達の足下から光の柱が立ち昇った。
誰ともなく、リーゼンロッテ様が慎重に問い掛ける。
「……どうですか?」
「あ、和らいだ! すげえ!」
直ぐに答えることの出来ないあたし達を置いて、テッドが即座にその効果を言い表した。
興奮しているのか、その言葉遣いにヒヤリとする。
そ、そういう涼しさはいらないでしょ?!
継いで詠唱していた騎士様の一人が、水魔法を発動して空の小樽に水を注いだ。
良かった、休憩出来る……!
一先ずは安心出来そうな状況に、誰もが胸を撫で下ろした。
水分補給時の定例に従って、腰に結び付けていたコップを紐解く。
他の騎士様達やテッドも似たよう行動を取っている。
みんな、急な暑さに渇きを覚えたんだと思う。
それぞれが水属性の魔法使いであるキール様の元に向かおうとして――光の壁から出られないことに気付いた。
「いて?!」
テッドなんてぶつかっている。
困惑を示すあたし達にリーゼンロッテ様が言う。
「その光壁は私にしか越えられません……なので、そうですね……私が水を配りましょうか?」
これには全員が慌てた。
リーゼンロッテ様に給仕をさせる?!
「そんな……!」
「いえ、だったら一度解いて貰った上で――」
「恐れ多いことです」
口々に否定の意見を述べるあたし達に、リーゼンロッテ様がクスリと笑う。
「再発動する方が消耗を強いるように思えますが? それに勇み足をしたのは私なのです。私が責任を取るべきでしょう。大仰に構えないで下さい。たかだか水を配るだけですよ。それともなんですか? 私は水も配れないような小娘に見えますか?」
この意見に口を開いていた全員が静まった。
……付き合いが長いと思われるリーゼンロッテ様が率いていた騎士団の騎士様だけが、何故か口元をヒクヒクさせていたけど。
斯くして一人、水樽を持って各人を回ることになったリーゼンロッテ様。
『水』の魔法使い様だけが早々に自分のコップで水を汲み上げていたのに対して、あたし達は光の壁を突き抜けてくる水樽をありがたくも汲ませて貰うことになった。
流石に手ずからの給仕となると色々と問題があるのか、水を分けて貰うような形だ。
それでもリーゼンロッテ様が抱える水樽にコップを差し入れる際は、騎士様といえど緊張しているように思う。
リーゼンロッテ様の聖剣が既に腰に着けられた剣帯に収まっていることから、聖剣を握らずとも光立つ壁の効果は続くようだ。
粗相がないようにと他の騎士様の所作を眺めていると、あたしの番が来た。
……普通だよね? みんな普通にお水汲んでるだけだよね?!
硬い壁のような光を難無くすり抜けて水樽が突き出される。
「はい、アンの番ですよ。どうぞ」
「あ、ありがとうございます。……す、凄い剣ですね? あ、いや、凄いのは当たり前か」
混乱して咄嗟に出てきた陳腐な褒め言葉にも、リーゼンロッテ様は笑ってくれる。
「ありがとうございます」
「あ、えと、こ、こちらこそ! ありがとうございます! このお水は一生大切にして家宝にするので!」
「いや倒れてしまいますよ。飲んで下さい」
「は、はい! 飲みます!」
ゴクゴクと喉を鳴らして水を飲み干す。
おかわりがないか待っているのか、リーゼンロッテ様が動く様子はない。
き…………緊張が……!
見つめられている視線に耐え兼ねて、思わず口を開く。
「あの……リ、リーゼンロッテ様だけがこの壁を通れるんなら、これを使えば攻撃も一方的に出来ますね! む、無敵です!」
何か話題をと考えを巡らせて――出てきたのは戦いに関する剣の有用性だった。
たぶん求められていた言葉とは違うんだけど……! もっと水がいるかいらないかを問われてたんだと思うけど?!
リーゼンロッテ様が再びクスリと笑われる。
「そうですね、聖光剣は強い剣です。しかし弱点が無いこともないんですよ? この剣の能力は、他の属性や物理的な力には充分な優位性を発揮するのですが……唯一、『闇』には弱いのです。いえ……弱い、という言い方には語弊がありますね? 相反する、と言い直しましょうか……」
よ、よく分かんない……。
悩むように唸るリーゼンロッテ様に、もう水は大丈夫だと告げて次に行って貰った。
なんとか自分の番を越えられたと安心するあたしの耳が、ボソリと呟かれる声を拾った。
「……我々が『汲む』形で助かったな」
…………え?
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