第340話 *アン視点
後ろを気にしながら力を抑えて走る。
「……なんだ?」
「な、なんでもないです!」
ふと目が合ったボーマン様に問い掛けられて、慌てて視線を前に戻した。
うぅ……誰かを気にしながら走るなんてやったことないから……。
周回遅れで息が上がっているレンを抜き去る時にからかうことはよくあるんだけど。
まさか騎士様相手にそれをやるわけにもいかないし……。
……レンならそれで元気になって追い掛けてくるんだけどなぁ。
歩くよりは速いといったペースで、遺跡の中を走っている。
賊の足跡が途切れることはない。
……というか、これって『見つかっても構わない』って思ってそう……なんだけど。
痕跡を消す手間を省いているというよりは、『来るなら来い』という自信に満ちたメッセージのように感じる。
――――だって残る足跡は一人分なのだ。
どうやって足跡を残さずに進んでいるのかは分からないけど、追跡されずに進む術を持っているのは間違いなかった。
それでも曲がり角の度に『こっちだ』と知らせるように強く残っているのだから、まさか違うとも思えない……。
たぶん、賊の仲間内の意見が割れてるんだ。
どういう仲間意識なのか、あたしには分からないけど……あんな大きな火晶石を仲間の眼前に投げ付けれる人の神経なんて、分かりようがないと思う。
でも目的は一つで行動している。
ただやり方は別々で互いに干渉を良しとしない……なんてあるのかなぁ?
……自分で言ってて不安になってきた。
そんなパーティーってあるの?
やっちゃダメなことも存在してそうなんだけど、それ以外は好きにしていい、って感じだった。
それはリーゼンロッテ様と戦ったことからも間違いない。
片方は非戦を、片方は交戦を、それぞれ望んでいるように見えたから。
強引に止めに入ったのは……『死活生』って言われる何らかの行為が行われようとした時だ。
――――リーゼンロッテ様が、より強い一撃を放とうとした時だ。
あの時…………確かに嫌な予感がした。
剣を合わせるべきじゃない――――ともすれば逃げ出すのが正解とも思える予感だった。
でもあれは、向こうの……もう一人の賊の考えじゃ予想外だったのか、強引と呼ぶには乱暴過ぎる手段で止めに入っていた。
たぶん、やっちゃいけない何かだったんだろう。
わざわざ相手をするな、的なことも言ってたし。
ただ……今は状況が変わってしまっている。
あたし達は賊を追っている――それは相手からしたら明確な妨害だ。
…………もしかして意図的に追わせている狙いはそれかもしれない。
あの『死活生』をやっても、邪魔されないような状況を作ること――
……でもそんなことありえるのかなぁ?
こっちには『七剣』のリーゼンロッテ様がいるのに……。
「あ」
考えに蓋をするように――目的としていたものを見つけた。
「リーゼンロッテ様! 階段があります!」
「わかりました。全員、階段の前で小休止にします。周囲の警戒だけは怠らないようにしましょう」
あ、止まるのか……。
てっきり飛び込めって言われるかと思った。
通路の幅に沿った長くて暗い階段の前で、言われるがままに足を止める。
階段は先の方で曲がっていて、下の方を覗くことは出来なかった。
続々と階段前に集まる救助隊員の中で、ボーマン様がリーゼンロッテ様に進言する。
「リーゼンロッテ様。賊の足跡が階段に続いているということは、賊が先に下に降りているということです。急ぎ――」
「落ち着きなさい。差は着実に縮まっています」
そうだね、それは間違いないよ!
賊の足跡には行き止まりを引き返したようなものもあったから、最短距離を進んでいるあたし達との差は縮まっていることだろう。
どのくらいの差があることは分からないけど、向こうも迷っているってことは確かだった。
遺跡の中が広ければ広いほど、その差は縮まっていくと思われる。
リーゼンロッテ様があたしの方を見て口を開く。
「未だに痕跡は一人分しかありませんか?」
リーゼンロッテ様に賊の痕跡が一人分しか見られないことは、既に前の休憩の時に告げていた。
何処かの部屋に入ってのやり過ごしや、前後からの挟撃を選択肢に乗せるためだ。
「はい。未だに一人分です」
「そうですか……。何を考えているのでしょう? 向かう先に賊が一人しかいないのなら、我々の有利になることはあっても不利にはならないというのに……」
……たぶんだけど、リーゼンロッテ様はご自身だけで賊を纏めて相手取るつもりでいる――
姫様の保護を目的としているから、それは何も間違いと言う程じゃない。
リーゼンロッテ様は、国で一番強いんだし。
でもなんでだろう? なんか不安な気持ちが湧いてくる……。
ここまでは一本道と言っていい頻度で来ている。
もし賊が二手に別れていたのなら、もはや追い付くことはないと考えているのだろう。
それも間違いじゃない……けど――
モヤモヤを吐き出すように、上手く纏まらない言葉が口を衝く。
「でも……やっぱり二人で待ち構えている可能性も……」
違う、そんなことが言いたいんじゃない……!
モゴモゴと喉の奥につっかえる言葉に苦戦するあたしに、リーゼンロッテ様が落ち着いた声を落とす。
「油断を誘うために、でしょうか? それは有り得そうですね。しかし大丈夫ですよ、アン。たとえ賊が十人に増えたとしても、私に任せてください。こう見えて私は、歴代で二人目となる『光』の聖剣の担い手なのですから」
不安を払拭させんと笑い掛けてくれるリーゼンロッテ様は――――でもどこか自分に言い聞かせているようでもあった。
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