第339話 *アン視点


「この道で合ってるのか?」


「……」


 水分補給という名目で休憩することになった立ち止まる中、緑の髪色をした騎士様――ボーマン様に問い掛けられた。


 え…………分かんない。


 答えに窮して固まるあたしを見て、ボーマン様の眉間に皺が刻まれる。


「お――」


「ボーマン」


 再び叱られそうになったところを、リーゼンロッテ様の声が制した。


「貴方なら分かるという訳でもないのに、アンを責めるのは違うと思いませんか? 騎士であるというのなら、まず揺るがぬ精神を持つべきです。貴方の気持ちは分からなくもありませんが、貴方の態度こそ目に余ります」


「しかし――」


「少なくとも、あの二人の賊は追えてるんだから……問題ないだろ?」


 反論しようとするボーマン様の言葉に、今度はテッドの声が被さった。


 ――――お陰で自分が叱られるよりもヒヤヒヤだ。


 もはや限界の様相を呈していたテッドも、僅かな休憩と水を飲んだことで……喋れるぐらいには回復したみたいだ。


 ……倒れるぐらい走らせとけば良かったかな?


 テッドも敬語が使えないわけじゃない筈なのに、視線がボーマン様よりリーゼンロッテ様に向かうことから不純な動機が見え隠れした。


 …………もう!


 リーゼンロッテ様に窘められたせいか、声を荒げることなく――ボーマン様がテッドに対して問い掛ける。


「……何故そう言える?」


「何故って……とりあえずあの二人を押さえておけば、お姫様が殺されるようなことには――」


「そうではない。何故、賊の二人がこっちに向かったと分かるのか訊いている」


「え?」


「え?」


 あたしの声とテッドの声が重なった。


 咄嗟に他の人の顔色も窺ってしまう。


 ボーマン様と……リーゼンロッテ様、あと姫様の近衛騎士様方は特に驚いていないように見えた。


 今の質問を変だと思っていないのだ。


 ディラン領の騎士様と、リーゼンロッテ様が連れてきた騎士団の騎士様は……一瞬だけ驚かれた顔をされたが、それが表情にありありと出る前に制していた。


 ……騎士様にも色々とあるんだなぁ。


 テッドが余計なことを言う前にと口を開く。


「この遺跡の中は、長い間、人の出入りがなかったと思われます。薄く、ですが……埃が通路を覆っていまして……特定は出来ないのですが、誰かが通ったかぐらいの判別なら……なんとか」


 遺跡の探索はそれ程進んでいないと聞いていただけあって、遺跡の奥へと続く痕跡は間違いなく賊のものだと思われる。


 最初の方では、恐らく先に入った軍隊の人達の痕跡もあって分からなかったけど……ここまで来れば疑いようもない。


 リーゼンロッテ様が嬉しそうに口を開く。


「追跡術、というやつですね! ふふふ、やはりアンも立派な冒険者ではありませんか」


 間違ってたら引き返そうと思ってたということは黙っておこう。


 こんなのを追跡術なんて言わないことも。


「どうです? ボーマン。やはりダンジョン経験者を連れて来て良かったでしょう? しかもアンにはレライトの気配が分かるのですよ? 姫様の確保において負けることもありません」


 そんなことありません。


 下への階段が分からないから、結局は追い掛けるしかありません。


「……確かに。リーゼンロッテ様がご慧眼であったことは、認めなければなりませんな」


 レンがいたなら「節穴ですけど?」って言ってるかも。


 あたしは言わないけどね? あたしは。


 ジッと沈黙を保っているのは近衛騎士様以外の騎士様とテッド。


 他の近衛騎士様達も「流石」「重畳」「先見の明があります」なんて口々にリーゼンロッテ様を褒め称えている。


 これがおべっかなのか本気なのか、あたしには区別がつかない。


 ただ沈黙を守ること。


 それがこの場の暗黙の了解。


 テッドだって……あれぇ?! ボーマン様に『こいつ……マジか?』みたいな表情向けてるんだけど?! そこは表情も消してよお?!


 しかし空気を読んで黙ってはくれている。


 気を良くしたのか、リーゼンロッテ様がボーマン様の不安――その核心に踏み込む。


「貴方の苛立ちの原因は……たとえレライトが生きていたとしても、姫様がご無事かどうか分からない――そう思っているからでしょう」


「……」


 答えないボーマン様だったが、その沈黙が『是』を表していた。


 これには……ボーマン様には悪いけど、確信は持てない。


 落ちた時の様子から、二人は一緒に生きているみたいに言われてるけど。


 あたしには感じられないから。


 あと…………余り声を大きくして言えることじゃないけど、会ったこともないお姫様より、レライトが無事なら……とも思っている。


 しかしリーゼンロッテ様の声は自信に満ち溢れていた。


「大丈夫です。レライトならきっと、姫様を保護して遺跡を上がってくるでしょう」


 そ、そうかなぁ……。


 村でのレンを思い浮かべると、どうしてもその姿がイメージと重ならないんだけど……。


 どちらかと言うと……あの戦場で遭った――――


 あたしの思考を遮って、ボーマン様の声が響く。


「…………リーゼンロッテ様のお知り合いだという話は聞き受けました。腕の方も……確かだと確認しております。しかし不可解なことが幾重にも重なって……!」


 まあ、うん……。


 なんで谷に落ちたのに遺跡の中にいるの? とかね……。


 やや声を大きくしながらボーマン様が続ける。


「しかも忠誠心があるともしれない辺境の民! 姫様が足手まといだと断じれば何をするか……!」


「そ――」


「――大丈夫ですよ」


 それは、咄嗟に声を上げそうになったあたしやテッドに向けたのか、それともやり場の無い怒りを沸き立たせるボーマン様に向けたのか――


 リーゼンロッテ様の応える声には力が満ちていた。


 その場にいる全員を見渡して、リーゼンロッテ様が頷く。


「レライトは、信頼出来ます。彼は――……騙されたと分かった後でも、拾った芋を決して捨てたりはしなかった人ですから」


 ……なんの話だろう?


 疑問も露わに首を傾げるあたし達に、リーゼンロッテ様はこれ以上を語らぬと悪戯な笑みを零して見せた。


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